・・・それをひねくり廻している矢先へ通りかかったのが保険会社社長で葬儀社長で動物愛護会長で頭が禿げて口髯が黒くて某文士に似ている池田庸平事大矢市次郎君である。それが団十郎の孫にあたるタイピストをつれて散歩しているところを不意に写真機を向けて撮る真・・・ 寺田寅彦 「初冬の日記から」
・・・加藤首相葬儀。八月二十九日 曇、午後雷雨 午前気象台で藤原君の渦や雲の写真を見る。八月三十日 晴 妻と志村の家へ行きスケッチ板一枚描く。九月一日 朝はしけ模様で時々暴雨が襲って来た。非常な強度で降ってい・・・ 寺田寅彦 「震災日記より」
・・・ 九 東京市電気局の争議で電車が一時は全部止まるかと思ったら、臨時従業員の手でどうにか運転を続けていた。この予期しなかった出来事は、見方によっては、東京市民一般に関するいろいろな根本問題を研究するために必要あるい・・・ 寺田寅彦 「破片」
「ね、あんた、今のうち、尾久の家へでも、行っちゃったがいいと思うんだけど……」 女房のお初が、利平の枕許でしきりと、口説きたてる。利平が、争議団に頭を割られてから、お初はモウスッカリ、怖気づいてしまっている。「何を…・・・ 徳永直 「眼」
・・・白い鳩は基督教の信徒には意義があるかも知れないが、然らざるものの葬儀にこれを贈るのは何のためであろう。 元来わたくしの身には遵奉すべき宗旨がなかった。西洋人をして言わしめたら、無神論者とか、リーブル・パンサウールとか称するものであろう。・・・ 永井荷風 「西瓜」
・・・ 余が最後に生きた池辺君を見たのは、その母堂の葬儀の日であった。柩の門を出ようとする間際に駈けつけた余が、門側に佇んで、葬列の通過を待つべく余儀なくされた時、余と池辺君とは端なく目礼を取り換わしたのである。その時池辺君が帽を被らずに、草・・・ 夏目漱石 「三山居士」
・・・「労働者? じゃあ堅気だね? それに又何だって跟けられてるんだい?」「労働争議をやってるからさ。食えねえ兄弟たちが闘ってるんだよ」「フーン。俺にゃ分らねえよ。だが、お前と口を利いてると、ほんとに危なそうだから俺は向うへ行くよ。そ・・・ 葉山嘉樹 「乳色の靄」
・・・のはじめも、父の葬儀のため市ヶ谷刑務所から仮出獄したわたしが再び刑務所に戻って、裸にされて青い着物を着たときの事情が、わかりにくくかかれている。同じこの理由から、前巻に収められている「突堤」のはじまりの文章も分りにくい。当時は、そういうこと・・・ 宮本百合子 「あとがき(『宮本百合子選集』第五巻)」
・・・とあって、乃木夫妻の死を知った十四日から三日ぐらいの間に、しかもその間には夫妻の納棺式や葬儀に列しつつ、この作品は書かれたのであった。 十四日に噂をきいた折は「半信半疑す」という感情におかれた鴎外が、つづく三日ばかりの間に、この作品を書・・・ 宮本百合子 「鴎外・芥川・菊池の歴史小説」
・・・ 大町さんは、御良人の葬儀がおわるとほとんどすぐ上京して来た。そして、「ほんとうに、しばらく……」と力をこめていって、あとは何もいえず、しずかに涙をこぼした大町さんの姿を私が忘れることはあるまいと思う。 あわずにいた何年かのあいだに・・・ 宮本百合子 「大町米子さんのこと」
出典:青空文庫