・・・が読者にあたえる印象の総和は、錯雑と神経衰弱的亢奮と個人的な激情の爆発とである。行文のあるところは居心持わるく作者の軽佻さえ感ぜしめる。これはどこから来るのであろうか。「子供の世界」という小市民的な一般観念で、階級性ぬきに子供の生活を「・・・ 宮本百合子 「一連の非プロレタリア的作品」
・・・ついて見れば、容貌にしろ髪の色、声にしろ感情表現の身振りにしろ特長がなくはないのだが、男との相対において現われて来ると、性格的なものをはっきり生かそうというスター・システムの焦慮にもかかわらず、感情の総和ではどうも女一般に還元させられてしま・・・ 宮本百合子 「映画の恋愛」
・・・自分の体力、智力、自分とひととの経験の総和についての知識とその実力とが、むき出しな自然の動きと直面し対決してゆく、その味わいでの山恋いではないだろうか。槇有恒氏の山についての本はどんなその間の機微を語っているか知らないけれど、岩波文庫のウィ・・・ 宮本百合子 「科学の常識のため」
黄銅時代の為○オイケンの偉人と人生観より、p.9「精神の領分に於ては、個々の部分の総和其ものが決して全体を生じないと云う点に一致して居る」 此は、二人の人間の精神的産物は、二つの傾向の中間であると云う・・・ 宮本百合子 「結婚に関し、レークジョージ、雑」
・・・ある一つのことについて、日本の多数の人々の意見の総和が判断の基礎となって決定される。世論調査はそういう意味をもって行われるということまでは、こんにち殆どすべての人がのみこんだ。けれども、いわゆる世論調査がどのようにして行われるか、そしてあら・・・ 宮本百合子 「現代史の蝶つがい」
・・・なぜなら、社会の歴史の進歩は、わたしたちめいめいの前進の総和であるし、常識の内容が新しい命をうけて生きてゆくのも、どこかで、誰かがその生活の現実で常識の古びた垣をひろく新しく結びなおそうと努力しているからである。 常識というものは、いつ・・・ 宮本百合子 「歳月」
・・・けれども、それぞれの部分品が、部分品であるだけに、その機能の総和においては全体として存在するあるものがなければならない事実をも語っているのではないだろうか。現代文学に、全き人間性の再建として、模索されている社会性の課題は、近代の社会生活の中・・・ 宮本百合子 「「下じき」の問題」
・・・ が、現実でどう解かれて答えられてゆくかという実際にこそ、明日のその娘さんたちの生活とその総和としての明日の日本がかかっているのだから。 この問題のきわめて心をひかれる点は、そんなに多量に数十万人の若い女学校卒業生たちがともかく社会の勤・・・ 宮本百合子 「働く婦人の新しい年」
・・・そういう人間が集った一つの運動的な部隊としての価値が、ただ雑多な人間の寄せ集めの総和としてだけの価値を持つのでなく、別個のより高い価値を作り出すところにその運動の本質が備えている歴史的な新たな価値があった。従って、そういう運動に参加していた・・・ 宮本百合子 「ヒューマニズムへの道」
・・・ けれども、文化というと、それぞれの文明の諸相が、その社会の各個人たちの精神や感覚にどう作用し、どのようにとり入れられ、それらの総和がどんな本質でその社会へ再び発展的なものとして放射されているかという点にふれてくると思う。それ故文化とい・・・ 宮本百合子 「婦人の文化的な創造力」
出典:青空文庫