・・・もとより彼女のこう云ったのは少しでも保吉の教育に力を添えたいと思ったのであろう。彼もつうやの親切には感謝したいと思っている。が、彼女もこの言葉の意味をもっとほんとうに知っていたとすれば、きっと昔ほど執拗に何にでも「考えて御覧なさい」を繰り返・・・ 芥川竜之介 「少年」
・・・しかしその宿は清潔でもあり、食事も玉子焼などを添えてあった。 たぶんまだ残雪の深い赤城山へ登った時であろう。西川はこごみかげんに歩きながら、急に僕にこんなことを言った。「君は両親に死なれたら、悲しいとかなんとか思うかい?」 僕は・・・ 芥川竜之介 「追憶」
・・・ 仁右衛門は黒い地平線をすかして見ながら、耳に手を置き添えて笠井の言葉を聞き漏らすまいとした。それほど寒い風は激しい音で募っていた。笠井はくどくどとそこに行き着く注意を繰返して、しまいに金が要るなら川森の保証で少し位は融通すると付加える・・・ 有島武郎 「カインの末裔」
・・・そして夜着をかけ添えて軽く二つ三つその上をたたいてから静かに部屋を出て行った。 クララの枕はしぼるように涙に濡れていた。 無月の春の夜は次第に更けた。町の諸門をとじる合図の鐘は二時間も前に鳴ったので、コルソに集って売買に忙がしかった・・・ 有島武郎 「クララの出家」
・・・ 衝と手を伸して、立花が握りしめた左の拳を解くがごとくに手を添えつつ、「もしもの事がありますと、あの方もお可哀そうに、もう活きてはおられません。あなたを慕って下さるなら、私も御恩がある。そういうあなたが御料簡なら、私が身を棄ててあげ・・・ 泉鏡花 「伊勢之巻」
・・・青く艶かなる円き石の大なる下より溢るるを樋の口に受けて木の柄杓を添えあり。神業と思うにや、六部順礼など遠く来りて賽すとて、一文銭二文銭の青く錆びたるが、円き木の葉のごとくあたりに落散りしを見たり。深く山の峡を探るに及ばず。村の往来のすぐ路端・・・ 泉鏡花 「一景話題」
・・・投げ出してるわが子の足に自分の手を添えその足をわが顔へひしと押し当てて横顔に伏している妻は、埋葬の話を聞いてるか聞いていないか、ただ悲しげに力なげに、身をわが子の床に横たえている。手にすることがなくなって、父も母も心の思いはいよいよ乱れるの・・・ 伊藤左千夫 「奈々子」
・・・と、口を添えてくれました。「おまえさんに、そのめんどうができますか。」と、お母さんは、おっしゃいました。「僕、かならずめんどうをみてやります。」と、誠さんが答えました。 その晩であります。お父さんがお帰りになったので、ねこの話を・・・ 小川未明 「僕たちは愛するけれど」
・・・また、二十世紀の科学的文明が世界の幾千の都会に光りと色彩の美観を添え、益々繁華ならしめんとする余沢も蒙っていない。たゞ千年前の青い空の下に、其の時分の昔の人も、こうして住んでいたというより他に思われない極めて単純な、自然の儘の質朴な生活をつ・・・ 小川未明 「夕暮の窓より」
・・・なけなしの金をはたいたのか、無理算段したのかいずれにしてもあまり余った金ではない証拠に、為替に添えた手紙には、いずれも血の出るような金を手ばなす時の表情がありありと見え、どうぞよろしくと、簡単な文句にも十二分の想いがこもっていた。やっと五百・・・ 織田作之助 「勧善懲悪」
出典:青空文庫