・・・幸吉は、私と卓を挾んで坐ってから、天井を見上げたり、ふりかえって欄間を眺めたり、そわそわしながら、そんなことを呟いて、「おや、床の間が少し、ちがったかな?」 それから私の顔を、まっすぐに見て、にこにこ笑い、「ここは、ね、僕の家だった・・・ 太宰治 「新樹の言葉」
・・・ただ、そわそわして落ちつかず、絶えず身体をゆらゆら左右に動かして、酒ばかり呑んでいるのである。酒はおびただしく、からだに廻って全身かっかと熱く、もはや頭から湯気が立ち昇るほどになっていた。 自己紹介がはじまっている。皆、有名な人ばかりで・・・ 太宰治 「善蔵を思う」
・・・その頃のお酒はなかなか高価なものであったが、しかし、私は友人の訪問などを受けると、やっぱり昔のように一緒にそわそわ外出して多量のお酒を飲まずには居られなかった。これでは、万全の措置も何もあったものでない。多くの人々がその家族を遠い田舎に、い・・・ 太宰治 「薄明」
・・・鶯色のリボン、繻珍の鼻緒、おろし立ての白足袋、それを見ると、もうその胸はなんとなくときめいて、そのくせどうのこうのと言うのでもないが、ただ嬉しく、そわそわして、その先へ追い越すのがなんだか惜しいような気がする様子である。男はこの女を既に見知・・・ 田山花袋 「少女病」
・・・カムパネルラのとなりの女の子はそわそわ立って支度をはじめましたけれどもやっぱりジョバンニたちとわかれたくないようなようすでした。「ここでおりなけぁいけないのです。」青年はきちっと口を結んで男の子を見おろしながら云いました。「厭だい。・・・ 宮沢賢治 「銀河鉄道の夜」
・・・立ってそわそわそこらを直したりする。「今日はあ。」「はぁい。」(ペンキ屋徒弟登場 看板を携爾薩待「ああ、君か、出来たね。」ペンキ屋「あの、五円三十銭でございます。」爾薩待「ああ、そうか。ずいぶん急・・・ 宮沢賢治 「植物医師」
・・・ 妙にそわそわして胸がどきどきする。 母に笑われる。でも仕方がない。 花を折りに庭へ出て書斎の前の、低い小さな「□□(石」から足を踏みはずしてころぶ。 下らない事をしたものだと思うけれ共、急いたり、あんまり喜んだりするときっ・・・ 宮本百合子 「秋風」
・・・おみささんは、大きい四角なかさばった風呂敷包みを小脇にかかえ、眼のすわらないそわそわした顔付きであった。「さあ、もう何もこわえことないわ」「何なの、どうかしたの」「御あいさつもしないで――隣の家でえらいけんかが始りましてね」・・・ 宮本百合子 「田舎風なヒューモレスク」
・・・国男も伜の顔を一日に一度見ないと気がすまないと云って、そわそわしていますし、スエ子もうれしそうだし、私は皆がそうやってよろこんでいるのが又大変愉快です。私はこれまで父が気の毒であったのが、ほっとしたようです。父は深く母を愛していた。そのこと・・・ 宮本百合子 「獄中への手紙」
・・・と云って奥へそわそわと引っ込んで行った。 千世子は銘仙の着物に八二重の帯を低くしめたまんま書斎に行った。「どうもお待遠様。 いついらしったんです? 篤は本をふせて立ち上りながら丸い声で云った。「も一寸・・・ 宮本百合子 「千世子(三)」
出典:青空文庫