・・・もっとも中には、実際に、単に素材のみならず、その造型構成のイデーまでも弟子の独創によってできあがったものを、先生が、先生であるというだけの特権を濫用してそっくりわが物にして涼しい顔をする場合もないとは言われないが、またそうでない場合がずいぶ・・・ 寺田寅彦 「空想日録」
・・・一例を挙ぐれば、現代一般の芸術に趣味なき点は金持も貧乏人もつまりは同じであるという事から、モオリスは世のいわゆる高尚優美なる紳士にして伊太利亜、埃及等を旅行して古代の文明に対する造詣深く、古美術の話とさえいえば人に劣らぬ熱心家でありながら、・・・ 永井荷風 「妾宅」
・・・ 当時余はほんの小供であったから、先生の学殖とか造詣とかを批判する力はまるでなかった。第一先生の使う言葉からが余自身の英語とは頗る縁の遠いものであった。それでも余は他の同級生よりも比較的熱心な英語の研究者であったから、分らないながらも出・・・ 夏目漱石 「博士問題とマードック先生と余」
・・・ 善光寺を建てた坊さんは、長野の市街が天然にもっている土地の勾配というものを実にうまくとらえ、造形化したものだと思う。見通しの美的効果というものを、敏感に利用している。その勾配を、小旗握った宿屋の番頭に引率された善男善女の大群が、連綿と・・・ 宮本百合子 「上林からの手紙」
・・・知性さえも先ず個性的な造型であらなければならなかった。 民主的な文学をこころざして生れようとしている作家たちにとっての困難は、人民的な立場として共通な現実観の客観的な同一性のうちに、集団的行動とその経験のうちに、その人としての人間的実感・・・ 宮本百合子 「現代文学の広場」
・・・日本の労働者階級が民主革命の途上で自身の文学の成果として造型してゆかなければならない諸階級との関係は、多くの複雑さを必要とするものである。 政治の優位性の問題は、今日まで四年間の苦しい経験によって、イデオロギーの問題から、創作の現実過程・・・ 宮本百合子 「五〇年代の文学とそこにある問題」
・・・をもって宇野浩二の私小説作家の末路としたのは、なおそのリアリズムに林房雄の欲しないゴーゴリ的な日本の人生の現実が造形されているからにほかならない。本来の日本のユーモラスであり腹立たしい人生が見せられたからである。佐藤春夫の「人間天皇の微笑」・・・ 宮本百合子 「五〇年代の文学とそこにある問題」
・・・文学的行動主義が、造型芸術における野獣派、ピュリズム、プリミチヴィズム、シムルタニズム、表現主義或いは超現実主義の表現方法に多くの近似を見出すのはその故である。行動主義は創造的制作の上に立つものであるが故に、恒に制作がなさるる時代、もっ・・・ 宮本百合子 「今日の文学の展望」
・・・ 私たちは、めいめいの生活に即し、そこに動き流れる表現として造形的な美しさをも捉え創り出してゆく心の抑揚をゆたかにしたいものだと思う。ものを美しく精髄的につかうわざを会得してゆきたい。美しいものもそれが一定の関係の下では醜いものと転化し・・・ 宮本百合子 「生活のなかにある美について」
・・・種々な人間が、天平、弘仁の造形美術の傑作を研究し、観賞しに奈良を訪ねる。本当の芸術愛好家なら、仏教の信仰をそのものとして奉持しなくても、美から来る霊的欽仰を仏像とその作者とに対して抱かずにはおられない。彼等は感歎し、讚美する。端厳微妙な顔面・・・ 宮本百合子 「宝に食われる」
出典:青空文庫