・・・日本書紀第十六巻に記録された、太子が鮪という男に与えた歌にも「ない」が現われており、またその二十九巻には天武天皇のみ代における土佐国大地震とそれに伴なう土地陥没の記録がある。 地震によって惹起される津波もまたしばしば、おそらく人間の一代・・・ 寺田寅彦 「日本人の自然観」
・・・(南無大師遍照金剛というのを繰返し繰返し唱えたことも想い出す。考えてみるとそれはもう五十年の昔である。 三十年ほど前にはH博士の助手として、大湯間歇泉の物理的調査に来て一週間くらい滞在した。一昼夜に五、六回の噴出を、色々な器械を使って観・・・ 寺田寅彦 「箱根熱海バス紀行」
・・・これは近ごろ来朝したエシオピアの大使が、ライオンを見て珍しがらずに、金魚を見て驚いた話ともどこか似たところのある話である。また日本の浮世絵芸術が外国人に発見されて後に本国でも認められるようになった話ともやはり似ていて、はなはだ心細い次第であ・・・ 寺田寅彦 「ラジオ・モンタージュ」
・・・ 江北橋の北詰には川口と北千住の間を往復する乗合自動車と、また西新井の大師と王子の間を往復する乗合自動車とが互に行き交っている。六阿弥陀と大師堂へ行く道しるべの古い石が残っている。葭簀張りの休茶屋もある。千住へ行く乗合自動車は北側の堤防・・・ 永井荷風 「放水路」
・・・昔、融禅師がまだ牛頭山の北巌に棲んでいた時には、色々の鳥が花を啣んで供養したが、四祖大師に参じてから鳥が花を啣んで来なくなったという話を聞いたことがある。宗教の智は智その者を知り、宗教の徳は徳その者を用いるのである。三角形の幾何学的性質を究・・・ 西田幾多郎 「愚禿親鸞」
・・・かつ大志を抱くものは往々貧家の子に多きものなれども、衣食にも差支うるほどにて、とても受教の金を払うべき方便なく、ついに空く志を挫く者多し。その失、二なり。一、私塾の教師は、教授をもって金を得ざれば、別に生計の道を求めざるをえず。生計に時・・・ 福沢諭吉 「学校の説」
・・・という未来の大願を成就したい、と思うて、処々経めぐりながら終に四国へ渡った、ここには八十八個所の霊場のある処で、一個所参れば一人喰い殺した罪が亡びる、二個所参れば二人喰い殺した罪が亡びるようにと、南無大師遍照金剛と吠えながら駈け廻った、八十・・・ 正岡子規 「犬」
・・・そこから日本大使館へ廻った。本館の帝政時代のままの埃及式大装飾の中に、大使はぽつねんと日本の皮膚をちぢめて暮している。事務所は、離れた低い海老茶色の建物で、周囲の雪がいつも凍っている。今日は雪が氷の上に降った。 白いタイル張りの暖炉があ・・・ 宮本百合子 「シナーニ書店のベンチ」
・・・ワシントン市在留駐米日本大使の知らぬこれは強烈な感覚的思慕だ。北緯四十*度から**度の間に弦に張られた島 日本が、敏感に西からの風、東からの風に震え反応しつつ、猶断然ユニークなソーユ○人間がこの世に生きる人としての価値は、その人にど・・・ 宮本百合子 「一九二九年一月――二月」
・・・のきりょうがわるければ店のかんばんにもならずただくうてねて金が入るそれでは事がめんどうとひげのおじさんは一人ずみ御念の入ったばり方と びっくりおどろくだるまさん月に一度は大師さん参るたびごと買うて来るだ・・・ 宮本百合子 「つぼみ」
出典:青空文庫