・・・神経衰弱か何かの療法に脊柱に沿うて冷水を注ぐのがあったようであるが、自分の場合は背筋のまん中に沿うて四五寸の幅の帯状区域を寒気にさらして、その中に点々と週期的な暑さの集注点をこしらえるという複雑な方法を取ったわけである。そういう、西洋のえら・・・ 寺田寅彦 「自由画稿」
・・・とわめきながら退場するのは最も同情すべき役割であり、この喜劇での儲け役であろう。 さていよいよ夕刊売りの娘に取っときの切り札、最後の解決の鍵を投げ出させる前に、もう一つだけ準備が必要である。それは真犯人の旧騎士吉田を今の新聞記者吉田に仕・・・ 寺田寅彦 「初冬の日記から」
・・・氷点に相当する等温線が大陸をほぼ東西に横断してその以北は雪、以南は雨が降っている、その雨と雪の境界に沿うて帯状をなした区域が凍雨や雨氷に見舞われている。この零度等温線とほぼ並行して風の境界線があり、その以北は北がかった風、以南では南風が吹い・・・ 寺田寅彦 「凍雨と雨氷」
・・・すると、およその見当に温泉の浴室があり、その建物の高い軒下には天井の周囲を帯状にめぐらす明かり窓があって浴室内の電燈の光に照らされたその窓が細長い水平な光の帯となって空中にかかっている。どうも火の玉の経路がおおよそそれと同じ見当になるらしい・・・ 寺田寅彦 「人魂の一つの場合」
・・・しかのみならずどの室にも荷物が抛り込んであってまるで類焼後の立退場のようだ。ただ我輩の陣取るべき二階の一間だけが少しく方付てオラレブルになっている。以前の部屋よりも奇麗だ。装飾もまず我慢できる。やがて亭主が出て来て窓掛をコツコツ打ちつける。・・・ 夏目漱石 「倫敦消息」
・・・脚本なら「退場」と括弧の中に書くところである。最も普通の俳優はこんな時「それではあんまり不自然で引っ込みにくいから、相手になんとか言わせてくれ」と、作者に頼むのが例になっている。 ――――――――――――――――――――・・・ 著:プレヴォーマルセル 訳:森鴎外 「田舎」
・・・別々に退場(銅鑼右隊登場、総て始めのごとし。可成疲れたり。曹長「もう四時なのにどうしたのだろう、バナナン大将はまだ来ていないもう四時なのにどうしたのだろう。バナナン大将は帰らない。」左隊登・・・ 宮沢賢治 「饑餓陣営」
・・・ペンキ屋徒弟退場。「申し。」爾薩待(居座いを直し身繕「はあ。」農民一(登場 枯れた陸稲「稲の伯楽づのぁ、こっちだべすか。」爾薩待「はあ、そうです。」農民一「陸稲のごとでもわがるべすか。」爾薩待「あ・・・ 宮沢賢治 「植物医師」
・・・ 一九四五年の無条件降伏によって、一応ファシズム権力は退場したように見えた。けれども日本の社会の実質がどれほどファシズムの無思想性と反歴史性に毒されているかという証拠は、民主主義運動と同時に、一部の人々が精力的に小林多喜二の生涯と文学に・・・ 宮本百合子 「小林多喜二の今日における意義」
・・・ 間宮茂輔、中本たか子等の作品が生産文学という名称を持ったことも、究極に於てはこの農民文学がそうであった通り文学からの生ける人間の退場が根本の理由をなしている。かつて横光利一が第四人称の私を発明した時既に生産文学に於ける人間と物との置き・・・ 宮本百合子 「昭和の十四年間」
出典:青空文庫