・・・われ、なんじの影地震の夜の間に消え失せぬと聞き、かの時の挙動など思い合わして大方は推しいたれどかく相見ては今さらのようにうれし。 かつて酒量少なく言葉少なかりし十蔵は海と空との世界に呼吸する一年余りにてよく飲みよく語り高く笑い拳もて卓を・・・ 国木田独歩 「おとずれ」
・・・「大理石の塊で彫ってもらいたいものがある、なんだと思われます、わが党の老美術家」、加藤はまず当たりました。「大砲だろう」と、中倉先生もなかなかこれで負けないのである。「大違いです。」「それならなんだ、わかったわかった」「・・・ 国木田独歩 「号外」
・・・もし真にわが一心をこの画幅とこの自然とに打ち込むなら大砲の音だって聞こえないだろうと。そこで画板にかじりつくようにして画きはじめた。しかし何の益にも立たない、僕の心は七分がた後ろの音に奪われているのだから。 そこでまたこうも思った、何も・・・ 国木田独歩 「郊外」
・・・遠方で打つ大砲の響きを聞くような、路のない森に迷い込んだような心地がして、喉が渇いて来て、それで涙が出そうで出ない。 痛ましげな微笑は頬の辺りにただよい、何とも知れない苦しげな叫び声は唇からもれた。『梅子はもうおれに会わないだろう』・・・ 国木田独歩 「まぼろし」
・・・ しかるにその翌月、十一月十一日には果してまたもや大法難にあって日蓮は危うく一命を失うところであった。 天津ノ城主工藤吉隆の招請に応じて、おもむく途中を、地頭東条景信が多年の宿怨をはらそうと、自ら衆をひきいて、安房の小松原にむかえ撃・・・ 倉田百三 「学生と先哲」
・・・「でも、大砲や、弾薬を供給してるんじゃないんか?」「それゃ、全然作りことだ。」「そうかしら?」 大興駅附近の丘陵や、塹壕には砲弾に見舞われた支那兵が、無数に野獣に喰い荒された肉塊のように散乱していた。和田たちの中隊は、そこを・・・ 黒島伝治 「チチハルまで」
・・・銃や、機関銃や、大砲に対抗するのに、弓や竹槍や、つぶてではかなわない、プロレタリアは、ブルジョアに負けない優秀な武器を自分のものとしなければならない。レーニンは次のように云っている。「武器を取扱い武器を所有することを学ぼうと努力しない被抑圧・・・ 黒島伝治 「入営する青年たちは何をなすべきか」
・・・「逃げて行くパルチザンなんど、面倒くさい、大砲でぶっ殺してしまえやいいじゃないか。」 小屋のところをぶらぶら歩きながら無遠慮に中隊長の顔を見ていた男が不意に横から口を出した。 その男は骨組のしっかりした、かなり豊かな肉づきをして・・・ 黒島伝治 「パルチザン・ウォルコフ」
・・・ ハッパが爆発したあと、彼等は、煙が大方出てしまうまで一時間ほど、ほかで待たなければならない。九番坑の途中に、斜坑が上に這い上って七百尺の横坑に通じている。彼は、突き出た岩で頭を打たないように用心しながら、その斜坑を這い上った。はげしい・・・ 黒島伝治 「土鼠と落盤」
・・・……大方眠りつこうとしていると、不意に土間の隅に設けてある鶏舎のミノルカがコツコツコと騒ぎだした。「おどれが、鶏をねらいよるんじゃ。」おしかは寝衣のまま起きてマッチをすった。「壁が落ちたんを直さんせにどうならん!」 二・・・ 黒島伝治 「老夫婦」
出典:青空文庫