・・・成程そう云えば一つ卓子の紅茶を囲んで、多曖もない雑談を交換しながら、巻煙草をふかせている間でさえ、彼が相当な才物だと云う事はすぐに私にもわかりました。が、何も才物だからと云って、その人間に対する好悪は、勿論変る訳もありません。いや、私は何度・・・ 芥川竜之介 「開化の良人」
・・・ ……陳は卓子に倚りかかりながら、レエスの窓掛けを洩れる夕明りに、女持ちの金時計を眺めている。が、蓋の裏に彫った文字は、房子のイニシアルではないらしい。「これは?」 新婚後まだ何日も経たない房子は、西洋箪笥の前に佇んだまま、卓子・・・ 芥川竜之介 「影」
・・・あるいはまた一晩中、秦淮あたりの酒家の卓子に、酒を飲み明かすことなぞもある。そう云う時には落着いた王生が、花磁盞を前にうっとりと、どこかの歌の声に聞き入っていると、陽気な趙生は酢蟹を肴に、金華酒の満を引きながら、盛んに妓品なぞを論じ立てるの・・・ 芥川竜之介 「奇遇」
・・・ことに不思議なるは同人の頸部なる創にして、こはその際兇器にて傷けられたるものにあらず、全く日清戦争中戦場にて負いたる創口が、再、破れたるものにして、実見者の談によれば、格闘中同人が卓子と共に顛倒するや否や、首は俄然喉の皮一枚を残して、鮮血と・・・ 芥川竜之介 「首が落ちた話」
・・・ 田代君はこう云いながら、一体の麻利耶観音を卓子の上へ載せて見せた。 麻利耶観音と称するのは、切支丹宗門禁制時代の天主教徒が、屡聖母麻利耶の代りに礼拝した、多くは白磁の観音像である。が、今田代君が見せてくれたのは、その麻利耶観音の中・・・ 芥川竜之介 「黒衣聖母」
・・・ ある夏の午後、お松さんの持ち場の卓子にいた外国語学校の生徒らしいのが、巻煙草を一本啣えながら、燐寸の火をその先へ移そうとした。所が生憎その隣の卓子では、煽風機が勢いよく廻っているものだから、燐寸の火はそこまで届かない内に、いつも風に消・・・ 芥川竜之介 「葱」
・・・ その時打向うた卓子の上へ、女の童は、密と件の将棋盤を据えて、そのまま、陽炎の縺るるよりも、身軽に前後して樹の蔭にかくれたが、枝折戸を開いた侍女は、二人とも立花の背後に、しとやかに手を膝に垂れて差控えた。 立花は言葉をかけようと思っ・・・ 泉鏡花 「伊勢之巻」
・・・ 宵から、銀座裏の、腰掛ではあるが、生灘をはかる、料理が安くて、庖丁の利く、小皿盛の店で、十二三人、気の置けない会合があって、狭い卓子を囲んだから、端から端へ杯が歌留多のようにはずむにつけ、店の亭主が向顱巻で気競うから菊正宗の酔が一層烈・・・ 泉鏡花 「開扉一妖帖」
・・・ と、式台正面を横に、卓子を控えた、受附世話方の四十年配の男の、紋附の帷子で、舞袴を穿いたのが、さも歓迎の意を表するらしく気競って言った。これは私たちのように、酒気があったのでは決してない。 切符は五十銭である。第一、順と見えて、六・・・ 泉鏡花 「木の子説法」
・・・……どれ、(樹の蔭に一むら生茂りたる薄の中より、組立てに交叉したる三脚の竹を取出して据え、次に、その上の円き板を置き、卓子後の烏、この時、三羽とも無言にて近づき、手伝う状にて、二脚のズック製、おなじ組立ての床几を卓子の差向いに置く。・・・ 泉鏡花 「紅玉」
出典:青空文庫