・・・まして宗教の嗜みに、疎な所などのあるべき筈はない。それが、「三斎の末なればこそ細川は、二歳に斬られ、五歳ごとなる。」と諷われるような死を遂げたのは、完く時の運であろう。 そう云えば、細川家には、この凶変の起る前兆が、後になって考えれば、・・・ 芥川竜之介 「忠義」
・・・従令文学などの嗜みなしとするも、茶の湯の如きは深くも浅くも楽むことが出来るのである、最も生活と近接して居って最も家族的であって、然も清閑高雅、所有方面の精神的修養に資せられるべきは言うを待たない、西洋などから頻りと新らしき家庭遊技などを・・・ 伊藤左千夫 「茶の湯の手帳」
・・・余り名文ではないが、喜兵衛は商人としては文雅の嗜みがあったので、六樹園の門に入って岡鹿楼笑名と号した。狂歌師としては無論第三流以下であって、笑名の名は狂歌の専門研究家にさえ余り知られていないが、その名は『狂歌鐫』に残ってるそうだ。 喜兵・・・ 内田魯庵 「淡島椿岳」
・・・私の外曾祖父というのは戯作好きでも書物好きでも、勿論学者でも文雅風流の嗜みがあるわけでもないただの俗人であったが、以て馬琴の当時の人気を推すべきである。 このお庇に私は幼時から馬琴に親しんだ。六、七歳頃から『八犬伝』の挿絵を反覆して犬士・・・ 内田魯庵 「八犬伝談余」
・・・二葉亭のお父さんも晩酌の膳に端唄の一つも唄うという嗜みがあったのだから、若い時分には相応にこの方面の苦労をしたろうと思う。この享楽気分の血は二葉亭にもまた流れていた。 その頃の書生は今の青年がオペラやキネマへ入浸ると同様に盛んに寄席へ通・・・ 内田魯庵 「二葉亭余談」
・・・大分禿げ上った頭には帽子を冠らず、下駄はいつも鼻緒のゆるんでいないらしいのを突掛けたのは、江戸ッ子特有の嗜みであろう。仲間の職人より先に一人すたすたと千束町の住家へ帰って行く。その様子合から酒も飲まなかったらしい。 この爺さんには娘が二・・・ 永井荷風 「草紅葉」
・・・是れが為めには娘の時より読み書き双露盤の稽古は勿論、経済法の大略を学び、法律なども一通り人の話を聞て合点する位の嗜みはなくて叶わず。遊芸和文三十一文字などの勉強を以て女子唯一の教育と思うは大なる間違いなる可し。余曾て言えることあり。男子の心・・・ 福沢諭吉 「女大学評論」
・・・物理生理衛生法の初歩より地理歴史等の大略を知るは固より大切なることにして、本草なども婦人には面白き嗜みならん。殊に我輩が日本女子に限りて是非とも其智識を開発せんと欲する所は、社会上の経済思想と法律思想と此二者に在り。女子に経済法律とは甚だ異・・・ 福沢諭吉 「新女大学」
・・・天下の人皆財を貪るその中に居て独り寡慾なるが如き、詐偽の行わるる社会に独り正直なるが如き、軽薄無情の浮世に独り深切なるが如き、いずれも皆抜群の嗜みにして、自信自重の元素たらざるはなし。如何となれば、書生の勉強、僧侶の眠食は身体の苦痛にして、・・・ 福沢諭吉 「日本男子論」
・・・日本芸術の遺産の中で能は独特な評価をもってみられ、それがわかるのが文化を理解するものの当然の嗜みと考えられている。 それはそうあってさしつかえないのだと思う。でも、女店員がその謡曲による仕舞を稽古するということに果してどこまで働く女性の・・・ 宮本百合子 「今日の生活と文化の問題」
出典:青空文庫