・・・どの作品でも、オオドゥウは寄るべない一人の貧困な少女がこの世の荒波を凌いで、俗っぽい女の立身とはちがう人間らしさの満ちた生活を求めて、健気にたたかってゆく姿を描いているのであるが、最近出版された「マリイの仕事場」は、オオドゥウの人生に対する・・・ 宮本百合子 「知性の開眼」
・・・一寸」と私の腕を控えた。「この麻雀というの、こないだの蜂雀の真似じゃあないこと――そうだ、滑稽だな、澄子の麻雀とは振っている。一寸立ち見をしないこと」 私は、日本映画は嫌いなのだが、蜂雀を麻雀とこじつけた幼稚なおかしさや、澄子が・・・ 宮本百合子 「茶色っぽい町」
・・・バルザックが、文筆生活をはじめたのはそれから三年後、二十歳のときであるが、それも決してすらりと行ったわけではなく、父親ベルナールは息子を法律家に仕立てて立身させようと考えた。そしていよいよ事務所まで買いかけたことがわかった時、大柄なずんぐり・・・ 宮本百合子 「バルザックに対する評価」
・・・岩田義道を殺したのも、上田茂樹をとうとう行方不明のままほうむり去ってしまったのも、彼の立身の一段でした。その頃非合法におかれていた共産党の中央委員のなかに、大泉兼蔵、小畑某というスパイをいれ、大森のギャング事件、川崎の暴力メーデーと、大衆か・・・ 宮本百合子 「ファシズムは生きている」
・・・なぜかといえば、たとえば安倍源基という人は、日本の治安維持法による特高警察というものがつくられ、言論や出版の自由をすべて人民から奪って、十何年かの間戦争を遂行して参りましたその治安維持法改悪のたびに立身してきた人間です。安倍源基という人はは・・・ 宮本百合子 「平和運動と文学者」
・・・彼女には、レオニード・グレゴリウィッチがこれ以上立身をして、自分達の生活に変りが起ろうとも思えなかった。一生のうちに、また故郷の草原を見、丸木小屋に坐って温まって来る壁の匂いをかぐ懐かしい冬の夜にめぐり合うことも無いであろう。それでも、生活・・・ 宮本百合子 「街」
・・・そして戦功によって立身をした。「聖戦」といわれた戦争の本質は終って見れば虚偽の侵略戦争であった。銃後の生活は護られていて、家庭から離れる不安と苦痛とを耐えていた人々は、帰って来て、焼けた家の屋根を葺いたのは、憐れな妻子の手であって、国家の手・・・ 宮本百合子 「私たちの建設」
・・・お前は忠実この上もない人であるから、これから主取をしたら、どんな立身も出来よう。どうぞここで別れてくれと云うのであった。 九郎右衛門は兼て宇平に相談して置いて、文吉を呼んでこの申渡をした。宇平は側で腕組をして聞いていたが、涙は頬を伝って・・・ 森鴎外 「護持院原の敵討」
・・・そしてF君を連れて、立見と云う宿屋へ往かせた。立見と云うのは小倉停車場に近い宿屋で、私がこの土地に著いた時泊った家である。主人は四十を越した寡婦で、狆を可哀がっている。怜悧で、何の話でも好くわかる。私はF君をこの女の手に托したのである。・・・ 森鴎外 「二人の友」
出典:青空文庫