・・・鶯色のリボン、繻珍の鼻緒、おろし立ての白足袋、それを見ると、もうその胸はなんとなくときめいて、そのくせどうのこうのと言うのでもないが、ただ嬉しく、そわそわして、その先へ追い越すのがなんだか惜しいような気がする様子である。男はこの女を既に見知・・・ 田山花袋 「少女病」
・・・後者において柳の枝までが顔や着物の線に合わせて音楽を奏しているのに、おそらく同じつもりでかいた前者の桜の枝はギクギクした雑音としか思われない。足袋をはいた足のいかつい線も打ちこわしである。しかし豊国などはその以後のものに比べればまだまだいい・・・ 寺田寅彦 「浮世絵の曲線」
・・・辰之助はそう言って爪先に埃のついた白足袋を脱いでいたが、彼も東京で修業したある種類の芸術家なので、この町の多くの人がもっているようなお茶の趣味はもっていた。骨董品――ことに古陶器などには優れた鑑賞眼もあって、何を見せても時代と工人とをよく見・・・ 徳田秋声 「挿話」
・・・頭を綺麗に剃り小紋の羽織に小紋の小袖の裾を端折り、紺地羽二重の股引、白足袋に雪駄をはき、襟の合せ目をゆるやかに、ふくらました懐から大きな紙入の端を見せた着物の着こなし、現代にはもう何処へ行っても容易には見られない風采である。歌舞伎芝居の楽屋・・・ 永井荷風 「草紅葉」
・・・げた裾から赤いゆもじを垂れてみんな高足駄を穿いて居る。足袋は有繋に白い。荷物が図抜けて大きい時は一口に瞽女の荷物のようだといわれて居る其紺の大風呂敷を胸に結んで居る。大きな荷物は彼等が必ず携帯する自分の敷蒲団と枕とである。此も紺の袋へ入れた・・・ 長塚節 「太十と其犬」
・・・車夫は草鞋も足袋も穿かずに素足を柔かそうな土の上に踏みつけて、腰の力で車を爪先上りに引き上げる。すると左右を鎖す一面の芒の根から爽かな虫の音が聞え出した。それが幌を打つ雨の音に打ち勝つように高く自分の耳に響いた時、自分はこの果しもない虫の音・・・ 夏目漱石 「初秋の一日」
・・・る蝸牛蚊の声す忍冬の花散るたびに青梅に眉あつめたる美人かな牡丹散て打ち重りぬ二三片唐草に牡丹めでたき蒲団かな引きかふて耳をあはれむ頭巾かな緑子の頭巾眉深きいとほしみ真結びの足袋はしたなき給仕かな歯あらはに筆の・・・ 正岡子規 「俳人蕪村」
・・・吉田首相がどんなに綺麗な白足袋をはいているかということではなくて、続々と失業させられている労働者の食べられるもの、着ていられるものは何か、田圃で働いている人々、苦しい中小商工業の人々の生活で、赤坊の着ているものはどういうものかということに、・・・ 宮本百合子 「新しい抵抗について」
・・・「わたし脱いで寝た足袋を穿いているの。」「じれったいねえ。」お松は足踏をした。「もう穿けてよ。勘辨して頂戴、ね。」お花はしどけない風をして、お松に附いて梯子を降りて行った。 便所は女中達の寝る二階からは、生憎遠い処にある。梯・・・ 森鴎外 「心中」
・・・靴をはいた足や長い裾と足袋で隠された足などはきわめて少数で、多くは銅色にやけた農業労働者の足でした。彼はうなだれたままその足に会釈しました。せいぜい見るのは腰から下ですが、それだけ見ていてもその足の持ち主がどんな顔をしてどんなお辞儀をして彼・・・ 和辻哲郎 「土下座」
出典:青空文庫