・・・ さて、こうたわいもない事を言っているうちに――前刻言った――仔どもが育って、ひとりだち、ひとり遊びが出来るようになると、胸毛の白いのばかりを残して、親雀は何処へ飛ぶのかいなくなる。数は増しもせず、減りもせず、同じく十五、六羽どまりで、・・・ 泉鏡花 「二、三羽――十二、三羽」
・・・急いたわいな、旦那さん。」 と、そのまま跳廻ったかと思うと。「北国一だ。」 と投げるように駈け出した。 酒は手酌が習慣だと言って、やっと御免を蒙ったが、はじめて落着いて、酒量の少い人物の、一銚子を、静に、やがて傾けた頃、屏風・・・ 泉鏡花 「みさごの鮨」
・・・人の話し声も雨の音もなんにも聞こえないで、夢のような、酔ったような、たわいもない心持ちになって、心のすべて、むしろからだのすべてをおとよさんに奪われてしまった。省作は今おとよさんにどうされたって、おとよさんの意のままになるよりほか少しでも逆・・・ 伊藤左千夫 「隣の嫁」
・・・僕の胸があまり荒んでいて、――僕自身もあんまり疲れているので、――単純な精神上のまよわしや、たわいもない言語上のよろこばせやで満足が出来ない。――同情などは薬にしたくも根が絶えてしまった。 僕は妻のヒステリをもって菊子の毒眼を買い、両方・・・ 岩野泡鳴 「耽溺」
・・・いや、少年時代のたわいない気持のせんさくなどどうでもよろしい。が、とにかく、そのことがあってから、私は奉公を怠けだした。――というと、あるいは半分ぐらい嘘になるかもしれない。そんなことがなくても、そろそろ怠け癖がついているのです。使いに行け・・・ 織田作之助 「アド・バルーン」
・・・ どこまでもその歓心を買わんとて、辰弥は好んであどけなき方に身を置きぬ。たわいもなき浮世咄より、面白き流行のことに移り、芝居に飛び音楽に行きて、ある限りさまざまに心を尽しぬ。光代はただ受答えの返事ばかり、進んで口を開かんともせず。 ・・・ 川上眉山 「書記官」
・・・口を少しあけて人のよさそうな、たわいのない笑いをいつもその目じりと口元に現わしているのがこの人の癖でした。「そろそろ寝ようかと思っているところです。」と私が言ううち、婦人は火鉢のそばにすわって、「先生私は少しお願いがあるのですが。」・・・ 国木田独歩 「春の鳥」
・・・いまはまた違うようになりましたが、その頃は、私のたわいも無い綴方が、雑誌に二度も続けて掲載せられて、お友達には意地悪くされるし、受持の先生には特殊な扱いをされて重苦しく、本当に綴方がいやになって、それからは柏木の叔父さんから、どんなに巧くお・・・ 太宰治 「千代女」
・・・われながら、まるでたわいがないのだ。 この項、これだけのことで、読者、不要の理窟を附さぬがよい。重大のこと 知ることは、最上のものにあらず。人智には限りありて、上は――氏より、下は――氏にいたるまで、すべて似たりよったり・・・ 太宰治 「もの思う葦」
・・・もとより軽薄な、たわいの無い小説ではあるが、どういうわけだか、私には忘れられない。 ――兄妹、五人あって、みんなロマンスが好きだった。 長男は二十九歳。法学士である。ひとに接するとき、少し尊大ぶる悪癖があるけれども、これは彼自身の弱・・・ 太宰治 「ろまん燈籠」
出典:青空文庫