・・・ と夜陰に、一つ洞穴を抜けるような乾びた声の大音で、「何を売るや。」「美しい衣服だがのう。」「何?」 暗を見透かすようにすると、ものの静かさ、松の香が芬とする。 六 鼠色の石持、黒い袴を穿いた・・・ 泉鏡花 「茸の舞姫」
・・・その理は十二宮は太陽運行に基き、二十八宿は太陰の運行に基きしものなれば、陽の初なる東とその極なる南とを十二宮に、陰の初の西とその極の北とを二十八宿の星座に據らしめしものと見らるればなり。 されば堯典記載の天文が、今日の科學的進歩の結果と・・・ 白鳥庫吉 「『尚書』の高等批評」
・・・大器晩成。大音希声。大象無形。」というのを「無限に大きな四角には角がない。無限に大きい容器は何物をも包蔵しない。無限に大きい音は声がない。無限に大きな像には形態がない」と訳してある。「大器晩成」の訳は明らかにちがっているようではあるが、他の・・・ 寺田寅彦 「変った話」
昭和二年の冬、酉の市へ行った時、山谷堀は既に埋められ、日本堤は丁度取崩しの工事中であった。堤から下りて大音寺前の方へ行く曲輪外の道もまた取広げられていたが、一面に石塊が敷いてあって歩くことができなかった。吉原を通りぬけて鷲神社の境内に・・・ 永井荷風 「里の今昔」
・・・鉄漿溝は泡立ッたまま凍ッて、大音寺前の温泉の煙は風に狂いながら流れている。 一声の汽笛が高く長く尻を引いて動き出した上野の一番汽車は、見る見るうちに岡の裾を繞ッて、根岸に入ッたかと思うと、天王寺の森にその煙も見えなくなッた。 窓の鉄・・・ 広津柳浪 「今戸心中」
出典:青空文庫