・・・ と、谷へ返答だまを打込みながら、鼻から煙を吹上げる。「煙草銭ぐらい心得るよ、煙草銭を。だからここまで下りて来て、草生の中を連戻してくれないか。またこの荒墓……」 と云いかけて、「その何だ。……上の寺の人だと、悪いんだが、ま・・・ 泉鏡花 「燈明之巻」
・・・こめだわらの 上に、だいこくさまを かざって、青や 赤の ふうせんだまが いくつも ついて いました。とおりすぎる ときに、車の 上に たって いる 人が、「ばんざい。」と、手を あげました。 正ちゃんも 武ちゃんも、「ばん・・・ 小川未明 「はつゆめ」
・・・見事おれの手だまに取って、こん粉微塵に打ち砕いてくれるぞ。見込んだものを人に取らして、指をくわえているおれではない。狙らった上は決して免がさぬ。光代との関係は確かに見た。わが物顔のその面を蹂み躙るのは朝飯前だ。おれを知らんか。おれを知らんか・・・ 川上眉山 「書記官」
・・・いつ自分達の傍で戦争をして、流れだまがとんで来るかしれなかった。彼は用事もないのに、わざわざシベリアへやって来た日本人を呪っていた。 商人は、聯隊からの命令で、百姓の家へ用たしに行くたびに、彼等が抱いている日本人への反感を、些細な行為の・・・ 黒島伝治 「橇」
・・・ とっくと分別しねでもわかることだどもし、これや、うたて遊びごとだまさね。一ばん先に欲しがられた雀こ、大幅こけるどもし、おしめの一羽は泣いても泣いても足えへんでば。 いつでもタキは、一ばん先に欲しがられるのだずおん。いつでもマロサマ・・・ 太宰治 「雀こ」
・・・ニッケル小型五銭だまくらいの豆スポット。朝日が、いまだあけ放たぬ雨戸の、釘穴をくぐって、ちょうど、この、「壱唱」の壱の字へ、さっと光を投入したのだ。奇蹟だ、奇蹟だ、握手、ばんざい。ばからしく、あさまし、くだらぬ騒ぎやめて、神聖の仕事はじめよ・・・ 太宰治 「二十世紀旗手」
・・・ だまされてわるい宿とる夜寒かな つぐの日まだき起き出でつ。板屋根の上の滴るばかりに沾いたるは昨夜の雲のやどりにやあらん。よもすがら雨と聞きしも筧の音、谷川の響なりしものをとはや山深き心地ぞすなる。 きょうは一天晴れ渡りて滝・・・ 正岡子規 「旅の旅の旅」
・・・ そこらがまだまるっきり、丈高い草や黒い林のままだったとき、嘉十はおじいさんたちと北上川の東から移ってきて、小さな畑を開いて、粟や稗をつくっていました。 あるとき嘉十は、栗の木から落ちて、少し左の膝を悪くしました。そんなときみんなは・・・ 宮沢賢治 「鹿踊りのはじまり」
・・・みんな恭一のことを見て行くのですけれども、恭一はもう頭が痛くなってだまって下を見ていました。 俄かに遠くから軍歌の声にまじって、「お一二、お一二、」というしわがれた声がきこえてきました。恭一はびっくりしてまた顔をあげてみますと、列の・・・ 宮沢賢治 「月夜のでんしんばしら」
・・・私共の世界が旱の時、瘠せてしまった夜鷹やほととぎすなどが、それをだまって見上げて、残念そうに咽喉をくびくびさせているのを時々見ることがあるではありませんか。どんな鳥でもとてもあそこまでは行けません。けれども、天の大烏の星や蠍の星や兎の星なら・・・ 宮沢賢治 「双子の星」
出典:青空文庫