・・・いまはすっかり青ぞらに変ったその天頂から四方の青白い天末までいちめんはられたインドラのスペクトル製の網、その繊維は蜘蛛のより細く、その組織は菌糸より緻密に、透明清澄で黄金でまた青く幾億互に交錯し光って顫えて燃えました。「ごらん、そら、風・・・ 宮沢賢治 「インドラの網」
・・・そしてプンプンおこりながら、天井裏街の方へ行く途中で、二匹のむかでが親孝行の蜘蛛の話をしているのを聞きました。 「ほんとうにね、そうはできないもんだよ。」「ええ、ええ、全くですよ。それにあの子は、自分もどこかからだが悪いんですよ。そ・・・ 宮沢賢治 「クねずみ」
・・・茶色の小さい蜘蛛に似た虫が、四本のこれも勿論小さい脚でぱッ、ぱッ、砂を蹴あげながら自分の体を埋めようとしていた。ぱッと蹴る、勢いがよく、いくら髪針の先でふき子が砂の表面へ持ち出しても見る見る砂をかぶる。傍から、忠一も顔を出し、暫くそれを見て・・・ 宮本百合子 「明るい海浜」
・・・ジュピターの妻ジュノーの嫉妬がつのって、到頭哀れなアナキネはジュノーのために蜘蛛にさせられてしまった。そんなに織ることがすきなら、一生織りつづけているがよい、と。女神から与えられた嫉妬の復讐として、美しい織物ばかり織りつづける蜘蛛にさせられ・・・ 宮本百合子 「衣服と婦人の生活」
・・・第一条 ロシア社会主義連邦ソヴェト共和国領域内ニオケル土地、地中埋蔵物、水域、森林オヨビ生ケル自然力ニ対スル私有権ハ永久ニ之ヲ廃止ス。第二条 土地ハ一切ノ賠償ナクシテ今日限リ全労働大衆ノ使用ニ帰スルモノトス。 ツァー、貴族、教会・・・ 宮本百合子 「五ヵ年計画とソヴェトの芸術」
・・・木造の長屋が古くなって、地中から洩れる瓦斯が建物の内部へ充満するようになって来た。幾度かけ合っても改築せぬ。そのうち或る日の昼、お神さんが飯の仕度につけたストーヴの火が空中瓦斯を引いて大爆発をした。火は火を呼び、更に地べたそのものが火をふき・・・ 宮本百合子 「石油の都バクーへ」
・・・これ迄のフランス文化が自身の古い土壌の上で養分を吸いきり、地中の有害な微生物を、その根から駆除するためには、よほど深く鋭い鋤かえしが入用であろう。日本の近代精神のより健やかなる展開のために先ず入用なのは、誤った技術家が非科学的に使う剪定鋏を・・・ 宮本百合子 「よもの眺め」
・・・「そうでしょう。蜘蛛は網を張って虫の掛かるのを待っています。あれはどの虫でも好いのだから、平気で待っているのです。若し一匹の極まった虫を取ろうとするのだと、蜘蛛の網は役に立ちますまい。わたしはこうして僥倖を当にしていつまでも待つのが厭に・・・ 森鴎外 「護持院原の敵討」
・・・足いと長き蜘蛛、ぬれたる巌の間をわたれり、日暮るる頃まで岩に腰かけて休い、携えたりし文など読む。夕餉の時老女あり菊の葉、茄子など油にてあげたるをもてきぬ。鯉、いわなと共にそえものとす。いわなは香味鮎に似たり。 二十一日、あるじ来て物語す・・・ 森鴎外 「みちの記」
一 真夏の宿場は空虚であった。ただ眼の大きな一疋の蠅だけは、薄暗い厩の隅の蜘蛛の巣にひっかかると、後肢で網を跳ねつつ暫くぶらぶらと揺れていた。と、豆のようにぼたりと落ちた。そうして、馬糞の重みに斜めに突・・・ 横光利一 「蠅」
出典:青空文庫