・・・折れちまうよう。」「折れるもんじゃよう。わしはさっきさんざさわったよう。」「さっきさんざさわった」となれば、良平も黙るよりほかはなかった。金三はそこへしゃがんだまま、前よりも手荒に百合の芽をいじった。しかし三寸に足りない芽は動きそう・・・ 芥川竜之介 「百合」
・・・いやになっちまうなあ。 ……ぼくは腹がたってきた。そして妹にいってやった。「もとはっていえばおまえが悪いんだよ。おまえがいつか、ポチなんかいやな犬、あっち行けっていったじゃないか」「あら、それは冗談にいったんだわ」「冗談だっ・・・ 有島武郎 「火事とポチ」
・・・でもあなた、きっと日本なんかいやだって外国にでも行っちまうんでしょう。おだいじにお暮らしなさい。戸部さんは吃りで、癇癪持ちで、気むずかしやね。いつまでたってもあなたの画は売れそうもないことね。けれどもあなたは強がりなくせに変に淋しい方ね。…・・・ 有島武郎 「ドモ又の死」
・・・本も机も棄てっちまうさ。何もいらない。本を読んだってどうもならんじゃないか。B ますます話せる。しかしそれあ話だけだ。初めのうちはそれで可いかも知れないが、しまいにはきっとおっくうになる。やっぱり何処かに落付いてしまうよ。A 飯を食・・・ 石川啄木 「一利己主義者と友人との対話」
・・・「寝っちまうさ。」「串戯じゃあないよ。そしてお前様、いつまでそうしているつもりなの。」「死ぬまで。」「え、死ぬまで。もう大抵じゃあないのね。まあ、そんならそうとして、話は早い方が可いが、千ちゃん、お聞き。私だって何も彼家へは・・・ 泉鏡花 「清心庵」
・・・――それでいけなければ、世の中に煩い婆、人だすけに切っちまう――それも、かきおきにございました。 雪道を雁股まで、棒端をさして、奈良井川の枝流れの、青白いつつみを参りました。氷のような月が皎々と冴えながら、山気が霧に凝って包みます。巌石・・・ 泉鏡花 「眉かくしの霊」
・・・惜しい縁談だがな、断わっちまう、明日早速断わる。それにしてもあんなやつ、外聞悪くて家にゃ置けない、早速どっかへやっちまえ、いまいましい」「だってお前さん、まだはっきりいやだと言ったんじゃなし、明日じゅうに挨拶すればえいですから、なおよく・・・ 伊藤左千夫 「春の潮」
・・・「そりゃ随分ね何も病人の言うことを一々気にかけるじゃないけど、こっちがそれだけにしてもやっぱり不足たらだらで、私もつくづく厭になっちまうことがありますよ。誰でも言うことだけど、人間はもう体の健なのが何よりね」「だが、俺のように体ばか・・・ 小栗風葉 「深川女房」
・・・「……そう、それが、君の方では、それ程大したことではないと思ってるか知らんがね、何にしてもそれは無理をしても先方の要求通り越しちまうんだな。これは僕が友人として忠告するんだがね、そんな処に長居をするもんじゃないよ。それも君が今度が初めて・・・ 葛西善蔵 「子をつれて」
・・・あと十日と迫ったおせいの身体には容易ならぬ冒険なんだが、産婆も医者もむろん反対なんだが、弟につれさせて仙台へやっちまう。それから自分は放浪の旅に出る。 仙台行きには、おせいもむろん反対だった。そのことでは「蠢くもの」時分よりもいっそう険・・・ 葛西善蔵 「死児を産む」
出典:青空文庫