・・・それさえちゃんとわかっていれば、我々商人は忽ちの内に、大金儲けが出来るからね」「じゃ明日いらっしゃい。それまでに占って置いて上げますから」「そうか。じゃ間違いのないように、――」 印度人の婆さんは、得意そうに胸を反らせました。・・・ 芥川竜之介 「アグニの神」
・・・彼は矢部と監督との間に何か話合いがちゃんとできているのではないかとふと思った。まして父がそううたぐるのは当然なことだ。彼はすぐ注意して父を見た。その眼は明らかに猜疑の光を含んで、鋭く矢部の眼をまともに見やっていた。 最後の白兵戦になった・・・ 有島武郎 「親子」
・・・実際は何もかもちゃんと知っている。 車は止まった。不愉快な顫えが胸を貫いて過ぎる。息がまた支える。フレンチはやっとの事で身を起した。願わくはこのまま車に乗っていて、恐ろしい一件を一分時間でも先へ延ばしたいのである。しかしフレンチは身を起・・・ 著:アルチバシェッフミハイル・ペトローヴィチ 訳:森鴎外 「罪人」
・・・ 渠が寝られぬ短夜に……疲れて、寝忘れて遅く起きると、祖母の影が見えぬ…… 枕頭の障子の陰に、朝の膳ごしらえが、ちゃんと出来ていたのを見て、水を浴びたように肝まで寒くした。――大川も堀も近い。……ついぞ愚痴などを言った事のない祖母だ・・・ 泉鏡花 「瓜の涙」
・・・今おうちではああしてご無事で、そうして河村さんもちゃんとしているのに、女としてあなたから先にそんな料簡を起こすのはもってのほかのことですぞ」 予はなお懇切に浅はかなことをくり返してさとした。しかし予は衷心不憫にたえないのであった。ふたり・・・ 伊藤左千夫 「紅黄録」
・・・ときく様子は腰や足がとくにちゃんと止まって居られない様にフラフラして気味がわるいので皆んな何とも云わずに家へ逃げかえってしまった、その中にたった一人岩根村の勘太夫の娘の小吟と云うのはまだ九つだったけれ共にげもしないでおとなしく、「もう少し行・・・ 著:井原西鶴 訳:宮本百合子 「元禄時代小説第一巻「本朝二十不孝」ぬきほ(言文一致訳)」
・・・お君さんとその弟の正ちゃんとが毎日午後時間を定めて習いに来た。正ちゃんは十二歳で、病身だけに、少し薄のろの方であった。 ある日、正ちゃんは、学校のないので、午前十一時ごろにやって来た。僕は大切な時間を取られるのが惜しかったので、いい加減・・・ 岩野泡鳴 「耽溺」
・・・赤犬も、お経のあげられる時分には、ちゃんときて、いつものごとく瞼を細くして、お経の声を聞いていました。 お寺の境内には、幾たびか春がきたり、また去りました。けれど、和尚さまと犬の生活には変わりがなかったのであります。 和尚さまは、あ・・・ 小川未明 「犬と人と花」
・・・まあ家でも持って、ちゃんと一所帯構えねえことにゃ女房の話も真剣事になれねえじゃねえか」「そりゃ、まあね」とお光は意を得たもののように頷いて見せる。「だが、向うは返事を急いででもいるのかい?」「向うはなに、別に急いでもいやしないけ・・・ 小栗風葉 「深川女房」
・・・首も手も足もちゃんと附ていて、怪我一つしていない子供が、ニコニコ笑いながら、みんなの前に立ちました。 やがて、子供と爺さんは箱と綱を担いで、いそいそと人込の中へ隠れて行ってしまいました。・・・ 小山内薫 「梨の実」
出典:青空文庫