・・・そして、河岸へ這い上ると、それぞれの物を衣服の下や、長靴の中にしのばして、村の方へ消えて行った。 哈爾賓から運ばれたばかりのものを持ちこんでいるのだ。 警戒兵は見のがすわけには行かなかった。 彼れらは、まったく手ぶらで、ただ、衣・・・ 黒島伝治 「国境」
・・・ そして彼は、イワンに橇を止めさせると、すぐとびおりて、中隊長と云い合っている吉原の方へ雪に長靴をずりこませながら、大またに近づいて行った。 中隊長は少佐が来たのに感づいて、にわかに威厳を見せ、吉原の頬をなぐりつけた。 イワンは・・・ 黒島伝治 「橇」
・・・た孫七峯とつづき合で、七峯は当時の名士であった楊文襄、文太史、祝京兆、唐解元、李西涯等と朋友で、七峯のいたところの南山で、正徳十五年七峯が蘭亭の古のように修禊の会をした時は、唐六如が図をつくり、兼ねて長歌を題した位で、孫氏は単に大富豪だった・・・ 幸田露伴 「骨董」
・・・少年は上京して大学へはいり、けれども学校の講義には、一度も出席せず、雨の日も、お天気の日も、色のさめたレインコオト着て、ゴム長靴はいて、何やら街頭をうろうろしていました。お洒落の暗黒時代が、それから永いことつづきました。そうして、間もなく少・・・ 太宰治 「おしゃれ童子」
・・・昨年の夏、北さんが雨の中を長靴はいて、ひょっこりおいでになった。 私は早速、三鷹の馴染のトンカツ屋に案内した。そこの女のひとが、私たちのテエブルに寄って来て、私の事を先生と呼んだので、私は北さんの手前もあり甚だ具合いのわるい思いをした。・・・ 太宰治 「帰去来」
・・・ 海に沿った雪道を、私はゴム長靴で、小川君はきゅっきゅっと鳴る赤皮の短靴で、ぶらぶら歩きながら、「軍隊では、ずいぶん殴られましてね。」「そりゃ、そうだろう。僕だって君を、殴ってやろうかと思う事があるんだもの。」「小生意気に見・・・ 太宰治 「母」
・・・罷職になって、スラヴ領へ行って、厚皮の長靴を穿く。飛んでもない事だ。世界を一周する。知識欲が丸でなくて、紀行文を書くなんと云うことに興味を有せない身にとっては、余り馬鹿らしい。 こう考えた末、ポルジイは今時の貴族の青年も、偉大なる恋愛の・・・ 著:ダビットヤーコプ・ユリウス 訳:森鴎外 「世界漫遊」
・・・この男の通らぬことはいかな日にもないので、雨の日には泥濘の深い田畝道に古い長靴を引きずっていくし、風の吹く朝には帽子を阿弥陀にかぶって塵埃を避けるようにして通るし、沿道の家々の人は、遠くからその姿を見知って、もうあの人が通ったから、あなたお・・・ 田山花袋 「少女病」
・・・赤い服、白い袴、黒い長靴の騎手の姿が樹の間を縫うて嵐のように通り過ぎる。群を離れた犬が一疋汀へ飛んで来て草の間を嗅いでいたが、笛の音が響くと弾かれたように駆け出して群の後を追う。 猟の群が通り過ぎると、ひっそりする。沼の面が鏡のように静・・・ 寺田寅彦 「ある幻想曲の序」
・・・あばれる子熊の横顔へ防寒長靴をはいた人間の足がいくつも飛んで来る。これも人間の立場からは当然であろう。やがて魂の抜けた親熊の死骸が甲板につりおろされると、子熊はいきなり飛びついて母の首筋に食らいついて引きずり出そうとするような態度を見せる。・・・ 寺田寅彦 「空想日録」
出典:青空文庫