・・・Aの声 今夜はまだ灯がついてるね。お前たちの肌が、青い紗の中でうごいているのはきれいだよ。 ――あらもういらしったの。 ――こっちへいらっしゃいよ。 ――今夜はこっちへいらっしゃいましな。Aの声 お前は金の腕環なんぞはめ・・・ 芥川竜之介 「青年と死」
・・・ぼくはにぎり飯をほうり出して、手についてる御飯つぶを着物ではらい落としながら、大急ぎでその人のあとから駆け出した。妹や弟も負けず劣らずついて来た。 半焼けになった物置きが平べったくたおれている、その後ろに三、四人の人足がかがんでいた。ぼ・・・ 有島武郎 「火事とポチ」
・・・おい、ともちゃん、悪態をついてるひまにモデル台に乗ってくれ。……それにしても花田や青島の奴、どうしたんだ。瀬古 全くおそいね。計略を敵に見すかされてむざむざと討ち死にしたかな。いったい計略計略って花田の奴はなにをする気なんだろう。・・・ 有島武郎 「ドモ又の死」
・・・拭く度に肉が殺げて目に見えて手足が細くなった、それさえ我儘をさしちゃあおきませなんだ、貴女は御全盛のお庇に、と小刀針で自分が使う新造にまでかかることを言われながら、これにはまた立替えさしたのが、控帳についてるので、悔しい口も返されない。・・・ 泉鏡花 「葛飾砂子」
・・・殊更に落ちついてる風をして、何ほど増して来たところで溜り水だから高が知れてる。そんなにあわてて騒ぐに及ばないと一喝した。そうしてその一喝した自分の声にさえ、実際は恐怖心が揺いだのであった。雨はますます降る。一時間に四分五分ぐらいずつ水は高ま・・・ 伊藤左千夫 「水害雑録」
・・・それでも心にない事は仕方のないもの、母はいつしかそれと気がついてる様子、そうなっては僕が家に居ないより外はない。 毎日七日の間市川へ通って、民子の墓の周囲には野菊が一面に植えられた。その翌くる日に僕は十分母の精神の休まる様に自分の心持を・・・ 伊藤左千夫 「野菊の墓」
・・・赤い色や青い色のついてる飴の棒を両手に五本ずつ買ってくれた。お松は幾度も顔を振向けて背に居る自分に話をした。其度に自分の頬がお松の鬢の毛や頬へさわるのであった。お松はわざと我頬を自分の頬へ摺りつけようとするらしかった。 お松が自分をおぶ・・・ 伊藤左千夫 「守の家」
・・・いう動詞に敬語がつけられるのを私はうかつに今日まで知らなかったが、これもある評論家からきいたことだが、犬養健氏の文学をやめる最後の作品に、犬養氏が口の上に飯粒をつけているのを見た令嬢が「パパ、お食事がついてるわよ」という個所があるそうだが「・・・ 織田作之助 「大阪の可能性」
・・・塵埃が積る時分にゃあ掘出し気のある半可通が、時代のついてるところが有り難えなんてえんで買って行くか知れねえ、ハハハ。白丁奴軽くなったナ。「ほんとに人を馬鹿にしてるね。わたしを何だとおもっておいでのだエ、こっちは馬鹿なら馬鹿なりに気を揉ん・・・ 幸田露伴 「貧乏」
・・・「ばか野郎 どこをウロついてるんだい、この穀つぶし]」 しかしそう言ったか、どうか分らない、そう聞いたように思ったその瞬間、彼はきゅうに自分の身体が軽く、ちょっと飛び上ったように感じた。眼がクラクラッとした。そして次の瞬間には龍介は・・・ 小林多喜二 「雪の夜」
出典:青空文庫