・・・ 千世子が下で、疲れるんだって、と云った時、微妙な一種の表情があったので、なほ子は、屡々ある不眠の結果だろうと思っていた。まさ子は数年来糖尿病で、神経系統に種々故障があるのであった。「――じゃ今日だけ一寸臥ていらっしゃるんじゃなかっ・・・ 宮本百合子 「白い蚊帳」
・・・病人を見て疲れると、この髯の長い翁は、目を棚の上の盆栽に移して、私かに自ら娯むのであった。 待合にしてある次の間には幾ら病人が溜まっていても、翁は小さい煙管で雲井を吹かしながら、ゆっくり盆栽を眺めていた。 午前に一度、午後に一度は、・・・ 森鴎外 「カズイスチカ」
・・・ヨーロッパが苦しみ疲れるのをあたかも自分の幸福であるがごとく感じている日本人は、やがて世界の大道のはるか後方に取り残された自分を発見するだろう。それはのんきな日本人が当然に受くべき罰である。 我々はこの際他人の不幸を喜ぶような卑しい快活・・・ 和辻哲郎 「世界の変革と芸術」
・・・腕が疲れる。苦しくなる。理想の焔に焼かれている者は、腕がしびれても、眼が眩んでも、歯を食いしばってその石をささげ続ける。彼の心は、神の手がその石を受け取ってくれる瞬間のためにあえいでいる。しかしこれと異なった態度の人は、腕が疲れて来るに従っ・・・ 和辻哲郎 「ベエトォフェンの面」
出典:青空文庫