・・・これもやっと体得して見ると、畢竟腰の吊り合一つである。が、今日は失敗した。もっとも今日の失敗は必ずしも俺の罪ばかりではない。俺は今朝九時前後に人力車に乗って会社へ行った。すると車夫は十二銭の賃銭をどうしても二十銭よこせと言う。おまけに俺をつ・・・ 芥川竜之介 「馬の脚」
・・・そのまた彼の頭の上には真鍮の油壺の吊りランプが一つ、いつも円い影を落していた。…… 二 彼は本郷の叔父さんの家から僕と同じ本所の第三中学校へ通っていた。彼が叔父さんの家にいたのは両親のいなかったためである。両親・・・ 芥川竜之介 「彼」
・・・彼女は実際この部屋の空気と、――殊に鳥籠の中の栗鼠とは吊り合わない存在に違いなかった。 彼女はちょっと目礼したぎり、躍るように譚の側へ歩み寄った。しかも彼の隣に坐ると、片手を彼の膝の上に置き、宛囀と何かしゃべり出した。譚も、――譚は勿論・・・ 芥川竜之介 「湖南の扇」
・・・余り女が熱心なので、主人も吊り込まれて、熱心になって、女が六発打ってしまうと、直ぐに跡の六発の弾丸を込めて渡した。 夕方であったのが、夜になって、的の黒白の輪が一つの灰色に見えるようになった時、女はようよう稽古を止めた。今まで逢ったこと・・・ 著:オイレンベルクヘルベルト 訳:森鴎外 「女の決闘」
・・・ 元来、猫は兎のように耳で吊り下げられても、そう痛がらない。引っ張るということに対しては、猫の耳は奇妙な構造を持っている。というのは、一度引っ張られて破れたような痕跡が、どの猫の耳にもあるのである。その破れた箇所には、また巧妙な補片が当・・・ 梶井基次郎 「愛撫」
・・・ 彼は、剣吊りに軍刀をつろうとして、それを手に持っていた。「でも、この通り、ちゃんと通用するんだよ。」メリケン兵は、また札を二三枚抜いてパチパチ指ではじいて見せた。 彼は背に火がついたような焦燥を感じた。そして、心で日本刀の味を・・・ 黒島伝治 「氷河」
・・・ 敷地ばかりでなく、沿線一帯の地価が吊り上った。こんなうまいことはなかった。 田と畠を頼母子講の抵当に書きこみ、或は借金のかわりに差押えられようとしていた自作農は、親爺だけじゃなかった。庄兵衛も作右衛門も、藤太郎も、村の自作農の半分・・・ 黒島伝治 「浮動する地価」
・・・たお態度で、私はただそれを、不自由なひとり暮しのために、おやつれになった、とだけ感じて、いたいたしく思ったものだが、或 どうせお帰りにならない夫の蒲団を、マサ子の蒲団と並べて敷いて、それから蚊帳を吊りながら、私は悲しく、くるしゅうござい・・・ 太宰治 「おさん」
・・・余り女が熱心なので、主人も吊り込まれて熱心になって、女が六発打ってしまうと、直ぐ跡の六発の弾丸を込めて渡した。 夕方であったが、夜になって、的の黒白の輪が一つの灰色に見えるようになった時、女はようよう稽古を止めた。今まで逢った事も無いこ・・・ 太宰治 「女の決闘」
・・・熊本君も、つい吊り込まれて笑ってしまった。部屋の空気は期せずして和やかになり、私たち三人、なんだか互に親しさを感じ合った。私は、このまま三人一緒に外出して、渋谷のまちを少し歩いてみたいと思った。日が暮れる迄には、まだ、だいぶ間が在る。私は熊・・・ 太宰治 「乞食学生」
出典:青空文庫