・・・私は――」 とここで名告った。 八「年は三十七です。私は逓信省に勤めた小官吏です。この度飛騨の国の山中、一小寒村の郵便局に電信の技手となって赴任する第一の午前。」 と俯向いて探って、鉄縁の時計を見た。・・・ 泉鏡花 「革鞄の怪」
・・・不義を憎む事蛇蝎よりも甚だしく、悪政暴吏に対しては挺身搏闘して滅ぼさざれば止まなかった沼南は孤高清節を全うした一代の潔士でもありまた闘士でもあった。が、沼南の清節は袍弊袴で怒号した田中正造の操守と違ってかなり有福な贅沢な清貧であった。沼南社・・・ 内田魯庵 「三十年前の島田沼南」
・・・――この乱闘現場の情景を目撃してゐた一人、大和農産工業津田氏は重傷に屈せず検挙に挺身した同署員の奮闘ぶりを次のやうに語つた。――場所は梅田新道の電車道から少し入つた裏通りでした。一人の私服警官が粉煙草販売者を引致してゆく途中、小路か・・・ 織田作之助 「大阪の憂鬱」
・・・政府と最も近い関係にある面での物価が、三倍からそれ以上につり上げられて、逓信院ではハガキ二十五銭、封書五十銭にしようとしている。 これらは、実におどろくべきことである。人民の使える金は、「五人家族五百円標準」ときめて、金を銀行、郵便局へ・・・ 宮本百合子 「現実の必要」
・・・そしてラジオの民主化が、意識的に停滞させられているうちに、さる六月逓信省は放送事業法案を国会に上程した。 この法案は日本のラジオの自由と健全な発展を期するために立案されたものであるとして公表された。しかし一般にこの法案が日本のラジオの民・・・ 宮本百合子 「今日の日本の文化問題」
・・・ 婦人挺身隊 贅沢品の製造がとめられることになり、贅沢を警告する任務が精勤の婦人挺身隊にゆだねられることになった。 この日本で、女の贅沢をひかえさせるために女の挺身隊がいるなどとは、何と情ないことだろう。今・・・ 宮本百合子 「女性週評」
・・・ 没収した優秀な機械は、逓信省や大蔵省の役人が家へもって帰って据えつけたというような巷間の噂をきいたのも、それにつづく頃ではなかったろうか。 短波を禁止していた日本当局は、誰かが優良品を輸入するとすぐ、短波受信に必要な機械の部分品を・・・ 宮本百合子 「みのりを豊かに」
・・・昔から辛棒づよい社会勤労者の代表である逓信従業員が、生きなければならない、という共通の必要から、困難な対立に入った。逓信院では、ハガキ二十五銭、封書五十銭の値上げを考えているのである。理由は多額となった支出をまかなってゆくためであるとされて・・・ 宮本百合子 「私たちの建設」
・・・その中で学徒の動員は百九十二万七千三百七十五、女子挺身隊は四十七万二千五百七十三という数に達した。十五歳から四十歳までの婦人は、国民動員計画の中に含まれたから、女学校の生徒も専門学校の生徒も、中学や男子専門学校の生徒と同様、学校へ行かずいき・・・ 宮本百合子 「私たちの建設」
・・・それは時計を捜すのである。逓信省で車掌に買って渡す時計だとかで、頗る大きいニッケル時計なのである。針はいつもの通り、きちんと六時を指している。「おい。戸を開けんか。」 女中が手を拭き拭き出て来て、雨戸を繰り開ける。外は相変らず、灰色・・・ 森鴎外 「あそび」
出典:青空文庫