・・・壁塗り左官のかけ梯子より落ちしものの左腕の肉、煮て食いし話、一看守の語るところ、信ずべきふし在り。再び、かの、ひらひらの金魚を思う。「人権」なる言葉を思い出す。ここの患者すべて、人の資格はがれ落されている。 われら生き伸びて・・・ 太宰治 「HUMAN LOST」
・・・ こんな風に、先生の御遺族や、また御弟子達の思いも付かない方面に隠れ埋もれた資料が存外沢山あるかもしれない、そういうのは今のうちに蒐集しなければもはや永久に失われてしまうのではないかと思われる。 そういう例としてはまた次のようなこと・・・ 寺田寅彦 「埋もれた漱石伝記資料」
・・・ 拳闘場の鉄梯子道の岐路でこの二人が出会っての対話の場面と、最後に監獄の鉄檻の中で死刑直前に同じ二人が話をする場面との照応にはちょっとしたおもしろみがある。 ゲーブルの役の博徒の親分が二人も人を殺すのにそれが観客にはそれほどに悪逆無・・・ 寺田寅彦 「映画雑感(4[#「4」はローマ数字、1-13-24])」
・・・の代わりに、バルコンの下から忍びよるド・サヴィニャク伯爵の梯子が石欄に触れる「ティック」の音を置き換えてある。ばかげているようであるが、この音で夢の世界から現実の世界へ観客を呼び返す役目をつとめさせているのである。 公爵のシャトーの中の・・・ 寺田寅彦 「音楽的映画としての「ラヴ・ミ・トゥナイト」」
・・・ 星の世界の住民が大砲弾に乗込んで地球に進入し、ロンドン附近で散々に暴れ廻り、今にも地球が焦土となるかと思っていると、どうしたことか急にぱったりと活動を停止する。変だと思ってよく調べてみると、星の世界には悪い黴菌がいないために黴菌に対す・・・ 寺田寅彦 「変った話」
・・・そうなればすべての活動は停止して冬眠の状態に陥ってしまうであろう。それならばまだまだ安全であるが、排泄物をなくするために食物を全廃すれば餓死するより外はない。 鉛をかじる虫も、人間が見ると能率ゼロのように見えても実はそうでなくて、虫の方・・・ 寺田寅彦 「鉛をかじる虫」
・・・万象が停止すれば時の経過は無意味である。「時」が問題になるところにはそこに変化が問題になる四元世界の一つの軸としてのみ時間は存在する。 ところがこの生理的の速度計はきわめて感じの悪いものである。ある度以下の速度で行なわれる変化は変化とし・・・ 寺田寅彦 「春六題」
・・・もし試みに十年ぐらいの期間でもいいから、あらゆる染料の製造と販売と使用を停止してみたら、われわれの社会的生活にどんな影響が生じるだろう。実行はむつかしいが、こういう仮設を前提として一つの思考実験を行なってみる事は、はなはだおもしろくもあり有・・・ 寺田寅彦 「丸善と三越」
・・・「お絹ばあちゃがお弟子にお稽古をつけているのを、このちびさんが門前の小僧で覚えてしまうて……」祖母は気だるそうに笑っていた。 それがすむと、また二つばかり踊ってみせた。御褒美にバナナを貰って、いつか下へおりていった。「ここでも書・・・ 徳田秋声 「挿話」
・・・ 道太は掃除の邪魔をしないように、やがて裏梯子をおりて、また茶の室の方へ出てきた。ちょうどおひろが高脚のお膳を出して、一人で御飯を食べているところで、これでよく生命が続くと思うほど、一と嘗めほどのお菜に茄子の漬物などで、しょんぼり食べて・・・ 徳田秋声 「挿話」
出典:青空文庫