・・・「なあに仏国の革命なんてえのも当然の現象さ。あんなに金持ちや貴族が乱暴をすりゃ、ああなるのは自然の理窟だからね。ほら、あの轟々鳴って吹き出すのと同じ事さ」と圭さんは立ち留まって、黒い煙の方を見る。 濛々と天地を鎖す秋雨を突き抜いて、・・・ 夏目漱石 「二百十日」
・・・「へべれけに酔っ払いてえなあ。そうして何もかも打ち壊して見てえなあ」と怒鳴った。「へべれけになって暴れられて堪るもんですか、子供たちをどうします」 細君がそう云った。 彼は、細君の大きな腹の中に七人目の子供を見た。・・・ 葉山嘉樹 「セメント樽の中の手紙」
・・・たった一日俺もグッスリ眠りてえや」 彼等は足駄を履いて、木片に腰を下して、水の流れる手拭を頭に載せて、その上に帽子を被って、そして、団扇太鼓と同じ調子をとりながら、第三金時丸の厚い、腐った、面の皮を引ん剥いた。 錆のとれた後は、一人・・・ 葉山嘉樹 「労働者の居ない船」
・・・今行くてえのにね、うるさく呼ぶじゃないか。よござんすか、花魁」 お熊は廊下へ出るとそのまま階下へ駈け出して行った。 吉里はじッと考えて、幾たびとなく溜息を吐いた。「もういやなこッた。この上苦労したッて――この上苦労するがものアあ・・・ 広津柳浪 「今戸心中」
・・・ もとよりこれがために栄誉を博したるにあらず、人情一般、西洋の事物を穢なく思う世の中に、この穢なき事を吟味するは洋学者に限るとして利用せられたるその趣は、皮細工に限りてえたに御用をこうむりたるの情に異ならざりしといえども、えたにても非人・・・ 福沢諭吉 「成学即身実業の説、学生諸氏に告ぐ」
・・・お前たちもポラーノの広場へ行きてえのか。」うしろで大きな声で笑うものがいました。「何だい、山猫の馬車別当め。」ミーロが云いました。「三人で這いまわって、あかりの数を数えてるんだな。ハッハッハ。」足のまがった片眼のその爺さんは上着のポ・・・ 宮沢賢治 「ポラーノの広場」
・・・折角おめえこの家焼きてえちゅうに止めだてしてわるかった。おらもじゃあ手伝ってくれべえよ」 勘助も粗朶火を手に持った。そして、消防の方に何だか合図し、穏かに、楽しそうな風体で、「おらも助けてやるぞ、なあ勇吉どん」と、ふすまをはずし・・・ 宮本百合子 「田舎風なヒューモレスク」
・・・「ふんとになあ、 俺らも行ぎてえわ、姉ちゃん、 お前と二人で行ぎあ、おっかねえこともあんめえもん……」 娘達は、このくらいのことを云ってしまうと、もう後に云うことも考えることもなくなるので、いかにも思案に耽っているようにお互・・・ 宮本百合子 「禰宜様宮田」
出典:青空文庫