・・・の愛読者であったところの明治二十年ごろの田舎の子供にこのライネケフックスのおとぎ話はけだし天啓の稲妻であった。可能の世界の限界が急に膨張して爆発してしまったようなものであったに相違ない。 やはりそのころ近所の年上の青年に仏語を教わろうと・・・ 寺田寅彦 「読書の今昔」
・・・ こうして発達した西欧科学の成果を、なんの骨折りもなくそっくり継承した日本人が、もしも日本の自然の特異性を深く認識し自覚した上でこの利器を適当に利用することを学び、そうしてたださえ豊富な天恵をいっそう有利に享有すると同時にわが国に特異な・・・ 寺田寅彦 「日本人の自然観」
・・・ この所説の当否は別問題として、この人の言う意味での正しい詩の典型となるべきものが日本の和歌や俳句であろう。雄弁な饒舌は散文に任して真に詩らしい詩を求めたいという、そういう精神に適合するものがまさにこうした短詩形であろう。この意味でまた・・・ 寺田寅彦 「俳句の精神」
・・・ それははるかなはるかな太平洋の上におおっている積雲の堤であった。典型的なもくもくと盛り上がったまるい頭を並べてすきまもなく並び立っていた。都会の上に広がる濁った空気を透して見るのでそれが妙な赤茶けたあたたかい色をしていた。それはもうど・・・ 寺田寅彦 「春六題」
・・・ 以上はただ典型的な二、三種のものについて、極めて概括的な考え方をしてみたに過ぎないので、実際の作品について云えば、種々複雑な問題が起るのは当然の事である。従って前述の考えにも幾多の変更や洗煉を加える必要の起る事も勿論である。ただこうい・・・ 寺田寅彦 「文学の中の科学的要素」
・・・ 映画としてのこの絵巻のストーリーは、猿蟹合戦より忠臣蔵に至るあらゆる仇打ち物語に典型的な型式を具えている。はじめは仇打ち事件の素因への道行であり、次に第一のクライマックスの殺し場がある。その次に復讐への径路があって第二の頂点仇打ちの場・・・ 寺田寅彦 「山中常盤双紙」
・・・今日の我らが人情の眼から見れば、松陰はもとより醇乎として醇なる志士の典型、井伊も幕末の重荷を背負って立った剛骨の好男児、朝に立ち野に分れて斬るの殺すのと騒いだ彼らも、五十年後の今日から歴史の背景に照らして見れば、畢竟今日の日本を造り出さんが・・・ 徳冨蘆花 「謀叛論(草稿)」
・・・あるいはまたあまりに枯淡なる典型に陥り過ぎてかえって真情の潤いに乏しくなった古来の道徳に対する反感から、わざと悪徳不正を迎えて一時の快哉を呼ぶものとも見られる。要するに厭世的なるかかる詭弁的精神の傾向は破壊的なるロマンチズムの主張から生じた・・・ 永井荷風 「妾宅」
・・・火山弾の典型だ。こんなととのったのは、はじめて見たぜ。あの帯の、きちんとしてることね。もうこれだけでも今度の旅行は沢山だよ。」「うん。実によくととのってるね。こんな立派な火山弾は、大英博物館にだってないぜ。」 みんなは器械を草の上に・・・ 宮沢賢治 「気のいい火山弾」
・・・ ヘルシウム・マットン博士の御所説は実に三段論法の典型であります。まず博士の神学を挙げて二度これを満場に承認せしめこれを以て大前提とし次にビジテリアンがこれに背くことを述べて小前提とし最後にビジテリアンが故に神に背くことを断定し菜食なる・・・ 宮沢賢治 「ビジテリアン大祭」
出典:青空文庫