・・・救護隊の屯所なども出来て白衣の天使や警官が往来し何となく物々しい気分が漂っていた。 山裾の小川に沿った村落の狭い帯状の地帯だけがひどく損害を受けているのは、特別な地形地質のために生じた地震波の干渉にでもよるのか、ともかくも何か物理的には・・・ 寺田寅彦 「静岡地震被害見学記」
・・・ アーサーは我とわが胸を敲いて「黄金の冠は邪の頭に戴かず。天子の衣は悪を隠さず」と壇上に延び上る。肩に括る緋の衣の、裾は開けて、白き裏が雪の如く光る。「罪あるを許さずと誓わば、君が傍に坐せる女をも許さじ」とモードレッドは臆する気色も・・・ 夏目漱石 「薤露行」
・・・今でも天子様などにはむやみには近づけません。私はまだ拝謁をしませんが、昔は一般から見て今の天皇陛下以上に近づきがたい階級のものがたくさんおったのです。一国の領主に言葉を交えるのすら平民には大変な異例でしょう。土下座とか云って地面へ坐って、ピ・・・ 夏目漱石 「文芸と道徳」
・・・徳川家が将軍に成った末で余り勢いは強くなかったけれども、とにかく将軍というものが政権を持っておってその上に天子様がおられるという。これは一般の法則でないという処から、習慣的に続いて来た幕府というものを引っ繰り返したというのは、その引っ繰り返・・・ 夏目漱石 「模倣と独立」
・・・支那は天子蒙塵の辱を受けつつある。英国はトランスヴールの金剛石を掘り出して軍費の穴を填めんとしつつある。この多事なる世界は日となく夜となく回転しつつ波瀾を生じつつある間に我輩のすむ小天地にも小回転と小波瀾があって我下宿の主人公はその尨大なる・・・ 夏目漱石 「倫敦消息」
・・・ たとえば往古支那にて、天子の宮殿も、茆茨剪らず、土階三等、もって安しというといえども、その宮殿は真実安楽なる皇居に非ず。かりに帝堯をして今日にあらしめなば、いかに素朴節倹なりといえども、段階に木石を用い、屋もまた瓦をもって葺くことなら・・・ 福沢諭吉 「教育の目的」
・・・たとえ、その一部分にてもこれを教えて完全ならしめんとするときは、かえってその人の天資を傷い、活溌敢為の気象を退縮せしめて、結局世に一愚人を増すのみ。今日の実際においてその例少なからず。されば到底この繁多なる事物を教えんとするもでき難きことな・・・ 福沢諭吉 「文明教育論」
・・・この木彫や金彫の様々な図は、瓶もあれば天使もある。羊の足の神、羽根のある獣、不思議な鳥、または黄金色の堆高い果物。この種々な物を彫刻家が刻んだ時は、この種々な物が作者の生々した心持の中から生れて来て、譬えば海から上った魚が網に包まれるように・・・ 著:ホーフマンスタールフーゴー・フォン 訳:森鴎外 「痴人と死と」
・・・も仕まつりに、上月景光主のめされてはるばるのぼりけるうまのはなむけに天皇の御さきつかへてたづがねののどかにすらん難波津に行すめらぎの稀の行幸御供する君のさきはひ我もよろこぶ天使のはろばろ下りたまへりける、あやしき・・・ 正岡子規 「曙覧の歌」
・・・月二十六日はみなの衆も存知の通り、二十六夜待ちじゃ。月天子山のはを出でんとして、光を放ちたまうとき、疾翔大力、爾迦夷波羅夷の三尊が、東のそらに出現まします。今宵は月は異なれど、まことの心には又あらはれ給わぬことでない。穂吉どのも、ただ一途に・・・ 宮沢賢治 「二十六夜」
出典:青空文庫