・・・驚いたは新蔵ばかりでなく、このお敏に目をかけていた新蔵の母親も心配して、請人を始め伝手から伝手へ、手を廻して探しましたが、どうしても行く方が分りません。やれ、看護婦になっているのを見たの、やれ、妾になったと云う噂があるの、と、取沙汰だけはい・・・ 芥川竜之介 「妖婆」
・・・ すぐに道修町の薬種問屋へ雇われたが、無気力な奉公づとめに嫌気がさして、当時大阪で羽振りを利かしていた政商五代友厚の弘成館へ、書生に使うてくれと伝手を求めて頼みこんだ。 五代は丹造のきょときょとした、眼付きの野卑な顔を見て、途端に使・・・ 織田作之助 「勧善懲悪」
・・・靴磨きをするといっても元手も伝手も気力もない。ああもう駄目だ、餓死を待とうと、黄昏れて行く西の空をながめた途端……。七「……僕のことを想いだして、訪ねて来たわけだな」「へえ」と横堀は笑いながら頭をかいた。今夜の宿が見つか・・・ 織田作之助 「世相」
・・・その二、三をあげれば、天寿をまっとうして死ぬのでなく、すなわち、自然に老衰して死ぬのでなくして、病疾その他の原因から夭折し、当然うけるであろう、味わうであろう生を、うけえず、味わいえないのをおそれるのである。来世の迷信から、その妻子・眷属に・・・ 幸徳秋水 「死刑の前」
・・・ 即ち死ちょうことに伴なう諸種の事情である、其二三を挙ぐれば、天寿を全うして死ぬのでなく、即ち自然に老衰して死ぬのでなくして、病疾其他の原因から夭折し、当然享くべく味うべき生を、享け得ず味わい得ざるを恐るるのである、来世の迷信から其妻子・・・ 幸徳秋水 「死生」
・・・けれども、川端康成が三月号の『文学界』に発表している「天授の子」をよめば、現代の文学者が、その理性と人間的な感覚とを日本人の運命とその文学の運命とについて、どのように働かせはじめているかということは明瞭である。世界平和のために戦争挑発とたた・・・ 宮本百合子 「五月のことば」
・・・これまでは宗玄をはじめとして、既西堂、金両堂、天授庵、聴松院、不二庵等の僧侶が勤行をしていたのである。さて五月六日になったが、まだ殉死する人がぽつぽつある。殉死する本人や親兄弟妻子は言うまでもなく、なんの由縁もないものでも、京都から来るお針・・・ 森鴎外 「阿部一族」
出典:青空文庫