・・・ 東京の闇市場は商人の掛声だけは威勢はいいが、点点とした大阪の闇市場のような迫力はない。 点点としているが、竹ごまのように、一たび糸を巻いて打っ放せば、ウアーンと唸り出すような力だ。 この力が千日前を、心斎橋を、道頓堀を、新世界・・・ 織田作之助 「大阪の憂鬱」
・・・赤い血が不気味などす黒さにどろっと固まって点点と続いていた。自動車に轢かれたのだなと佐伯は胸を痛くした。犬の声はしのび泣くように蚊細かったが、時どきウーウーと濁った声を絞り上げていた。だらんと伸びて、血まみれの腸がはみだしていた。ピクピク動・・・ 織田作之助 「道」
・・・をくらい、一種滋蔓して、民毒害を被る、というのも心の二字が祇尼法の如く思えるところから考えると、なかなか古いもので、今昔物語に外術とあるものもやはり外法と同じく祇尼法らしいから、随分と索隠行怪の徒には輾転伝受されていたのだろうと思われる。伝・・・ 幸田露伴 「魔法修行者」
・・・ ――たった一度きりの女なら、海野三千雄もよろしゅうございましょうが、二度、三度逢っているうちに、窮屈になって、ひとりで悶悶転転いたしました。女は、その後、新聞の学芸欄などに眼をとおす様子で、きょう、あなたの写真が出ていた。ちっとも似て・・・ 太宰治 「虚構の春」
・・・ など低く口に出して言ってみたりして、床の中で輾転しているのである。泥酔して寝ると、いつもきまって夜中に覚醒し、このようなやりきれない刑罰の二、三時間を神から与えられるのが、私のこれまでの、ならわしになっているのだ。「すこしでも、眠らな・・・ 太宰治 「母」
・・・われ、かのレクチュアをなす所存なけれど、いまの若き世代、いまだにリアル、リアル、と穴てんてんの青き表現の羅紗かぶせたる机にしがみつき、すがりつき、にかわづけされて在る状態の、『不正。』に気づくべき筈なのに、帰りて、まず、唯物論的弁証法入門、・・・ 太宰治 「HUMAN LOST」
・・・舞い狂う、あの無量無数の言葉の洪水が、今宵は、また、なんとしたことか、雪のまったく降りやんでしまった空のように、ただ、からっとしていて、私ひとりのこされ、いっそ石になりたいくらいの羞恥の念でいたずらに輾転している。手も届かぬ遠くの空を飛んで・・・ 太宰治 「めくら草紙」
・・・ 無意識に輾転反側した。 故郷のことを思わぬではない、母や妻のことを悲しまぬではない。この身がこうして死ななければならぬかと嘆かぬではない。けれど悲嘆や、追憶や、空想や、そんなものはどうでもよい。疼痛、疼痛、その絶大な力と戦わねばな・・・ 田山花袋 「一兵卒」
・・・百も千もの大小さまざまの三角標、その大きなものの上には赤い点点をうった測量旗も見え、野原のはてはそれらがいちめん、たくさんたくさん集ってぼおっと青白い霧のよう、そこからかまたはもっと向うからかときどきさまざまの形のぼんやりした狼煙のようなも・・・ 宮沢賢治 「銀河鉄道の夜」
出典:青空文庫