私は筆を執っても一向気乗りが為ぬ。どうもくだらなくて仕方がない。「平凡」なんて、あれは試験をやって見たのだね。ところが題材の取り方が不充分だったから、試験もとうとう達しなくって了った。充分に達しなかったというのは、サタイア・・・ 二葉亭四迷 「私は懐疑派だ」
・・・あなたをお呼掛け申しまする、お心安立ての詞を、とうとう紙の上に書いてしまいました。あれを書いてしまいましたので、わたくしは重荷を卸したような心持がいたします。それにあなたがわたくしの所へいらっしゃった時の事を、まるでお忘れになるはずは無いよ・・・ 著:プレヴォーマルセル 訳:森鴎外 「田舎」
・・・そして何日かは雷のような音がして、その格子戸が開くだろうと、甘いあくがれを胸に持って待っていて見たけれど、とうとう格子戸は開かずにしまった。そうかと思えばある時己はどうしてはいったともなく、その戸の中にはいっていた事もある。しかしその時は己・・・ 著:ホーフマンスタールフーゴー・フォン 訳:森鴎外 「痴人と死と」
・・・その時虚心平気に考えて見ると、始めて日本画の短所と西洋画の長所とを知る事が出来た。とうとう為山君や不折君に降参した。その後は西洋画を排斥する人に逢うと癇癪に障るので大に議論を始める。終には昔為山君から教えられた通り、日本画の横顔と西洋画の横・・・ 正岡子規 「画」
・・・その後キンカ鳥の雄が死んだので、あとから入れたキンパラの雄でもあろうか、それがキンカ鳥の雌即ち昨今後家になった奴をからかって、到頭夫婦になってしもうた。その後鶸の雌は余り大食するというので憎まれて無慈悲なる妹のためにその籠の中の共同国から追・・・ 正岡子規 「病牀苦語」
・・・さすがの歩哨もとうとうねむさにふらっとします。 二疋の蟻の子供らが、手をひいて、何かひどく笑いながらやって来ました。そしてにわかに向こうの楢の木の下を見てびっくりして立ちどまります。「あっ、あれなんだろう。あんなところにまっ白な家が・・・ 宮沢賢治 「ありときのこ」
・・・ 笑い話で、その時は帰ったが、陽子は思い切れず、到頭ふき子に手紙を出した。出入りの俥夫が知り合いで、その家を選定してくれたのであった。 陽子、弟の忠一、ふき子、三日ばかりして、どやどや下見に行った。大通りから一寸入った左側で、硝子が・・・ 宮本百合子 「明るい海浜」
・・・ところが働きながら歯医者へ通うことは時間の都合で不便だから、とうとうわたし達は工場へ歯科診療所をこしらえることにしたんです。二年計画でやったんです。みんなよろこんでいますよ。――わたしたちは誰しも早く婆さんになってしまいたくはないものね」・・・ 宮本百合子 「明るい工場」
・・・ 到頭、彼が言葉に出した。「置けまい?」「――だけれど、もう三十日よ」 さほ子は、良人の顔を見た。彼は目を逸し、当惑らしく耳の裏をかいた。「けれども。――駄目なものなら早く片をつけた方がいいよ。いつ迄斯うしていたって」・・・ 宮本百合子 「或る日」
私はあのお話をきいた時、すぐに、到頭ゆくところまで行きついたかと思いました。私はあの方と直接の交際をしたことはなく歌や人の話で、あの方の複雑な家庭の事情を想像していただけですが、たとえ情人があってもなくても、いつかはああな・・・ 宮本百合子 「行く可き処に行き着いたのです」
出典:青空文庫