白魚、都鳥、火事、喧嘩、さては富士筑波の眺めとともに夕立もまた東都名物の一つなり。 浮世絵に夕立を描けるもの甚多し。いずれも市井の特色を描出して興趣津々たるが中に鍬形くわがたけいさいが祭礼の図に、若衆大勢夕立にあいて花・・・ 永井荷風 「夕立」
・・・われ浮世の旅の首途してよりここに二十五年、南海の故郷をさまよい出でしよりここに十年、東都の仮住居を見すてしよりここに十日、身は今旅の旅に在りながら風雲の念いなお已み難く頻りに道祖神にさわがされて霖雨の晴間をうかがい草鞋よ脚半よと身をつくろい・・・ 正岡子規 「旅の旅の旅」
・・・やや長じて東都に遊び、巴人の門に入りて俳諧を学ぶ。夜半亭は師の名を継げるなり。宝暦のころなりけん、京に帰りて俳諧ようやく神に入る。蕪村もと名利を厭い聞達を求めず、しかれども俳人として彼が名誉は次第に四方雅客の間に伝称せらるるに至りたり。天明・・・ 正岡子規 「俳人蕪村」
・・・その後キンカ鳥の雄が死んだので、あとから入れたキンパラの雄でもあろうか、それがキンカ鳥の雌即ち昨今後家になった奴をからかって、到頭夫婦になってしもうた。その後鶸の雌は余り大食するというので憎まれて無慈悲なる妹のためにその籠の中の共同国から追・・・ 正岡子規 「病牀苦語」
・・・ 笑い話で、その時は帰ったが、陽子は思い切れず、到頭ふき子に手紙を出した。出入りの俥夫が知り合いで、その家を選定してくれたのであった。 陽子、弟の忠一、ふき子、三日ばかりして、どやどや下見に行った。大通りから一寸入った左側で、硝子が・・・ 宮本百合子 「明るい海浜」
・・・ 到頭、彼が言葉に出した。「置けまい?」「――だけれど、もう三十日よ」 さほ子は、良人の顔を見た。彼は目を逸し、当惑らしく耳の裏をかいた。「けれども。――駄目なものなら早く片をつけた方がいいよ。いつ迄斯うしていたって」・・・ 宮本百合子 「或る日」
私はあのお話をきいた時、すぐに、到頭ゆくところまで行きついたかと思いました。私はあの方と直接の交際をしたことはなく歌や人の話で、あの方の複雑な家庭の事情を想像していただけですが、たとえ情人があってもなくても、いつかはああな・・・ 宮本百合子 「行く可き処に行き着いたのです」
・・・同情されると、政子さんは、到頭、「其は随分いやな事だってあるわ」と云いながら、涙組んでしまいました。「そうでしょうね」 何か考えるように首を傾げていた友子さんは、やがて政子さんの手を優しく撫でながら申しました。「私達はこ・・・ 宮本百合子 「いとこ同志」
・・・ しかし、村でも到頭人殺しが出るようになったか。こそこそ泥棒も滅多にはなかったのに――。村の中で、この夜、村始まって初めての殺人があるかも知れないという状態はせいそうだ。私の想像はいやに活々して来た。まるで天眼通を授かったように、血なま・・・ 宮本百合子 「田舎風なヒューモレスク」
・・・ジュピターの妻ジュノーの嫉妬がつのって、到頭哀れなアナキネはジュノーのために蜘蛛にさせられてしまった。そんなに織ることがすきなら、一生織りつづけているがよい、と。女神から与えられた嫉妬の復讐として、美しい織物ばかり織りつづける蜘蛛にさせられ・・・ 宮本百合子 「衣服と婦人の生活」
出典:青空文庫