・・・しかし、それもお喋りな生れつきの身から出た錆、私としては早く天王寺西門の出会いにまで漕ぎつけて話を終ってしまいたいのですが、子供のころの話から始めた以上乗りかかった船で、おもしろくもない話を当分続けねばなりますまい。しかし、なるべく早く漕ぐ・・・ 織田作之助 「アド・バルーン」
・・・ そんなことがあってみれば、その夜、ことに自作が発売禁止処分を受けて、もう当分自分の好きな大阪の庶民の生活や町の風俗は描けなくなったことで気が滅入り、すっかりうらぶれた隙だらけの気持になっている夜、「ダイス」のマダムに会うのはますます危・・・ 織田作之助 「世相」
・・・やれ嬉しや、是でまず当分は水に困らぬ――死ぬ迄は困らぬのだ。やれやれ! 兎も角も、お蔭さまで助かりますと、片肘に身を持たせて吸筒の紐を解にかかったが、ふッと中心を失って今は恩人の死骸の胸へ伏倒りかかった。如何にも死人臭い匂がもう芬と鼻に・・・ 著:ガールシンフセヴォロド・ミハイロヴィチ 訳:二葉亭四迷 「四日間」
・・・郷里の伯母などに催促され、またこの三周忌さえすましておくと当分厄介はないと思い、勇気を出して帰ることにしたのだが、そんな場合のことでいっそう新聞のことが業腹でならなかった。そんなことで、自分はその日酒を飲んではいたが、いくらかヤケくそな気持・・・ 葛西善蔵 「死児を産む」
・・・それにまた、明後日の朝彼が発つのだとすると、これきり当分会えないことになる……そうした気持も手伝っていたのだ。そしてお互いにもはや言い合うようなことも尽きて、身体を横にして、互いに顰め面をしていたのだ。 そこへ土井がやってきた。彼はむず・・・ 葛西善蔵 「遁走」
・・・お徳の部屋の戸棚の下を明けて当分ともかく彼処へ炭を入れることにしたら。そしてお徳の所有品は中の部屋の戸棚を整理けて入れたら」と細君が一案を出した。「それじゃアそう致しましょう」とお徳は直ぐ賛成した。「お徳には少し気の毒だけれど」と細・・・ 国木田独歩 「竹の木戸」
・・・すぐから取って俊雄の歓迎費俊雄は十分あまえ込んで言うなり次第の倶浮れ四十八の所分も授かり融通の及ぶ限り借りて借りて皆持ち寄りそのころから母が涙のいじらしいをなお暁に間のある俊雄はうるさいと家を駈け出し当分冬吉のもとへ御免候え会社へも欠勤がち・・・ 斎藤緑雨 「かくれんぼ」
・・・細いアンテナの線を通して伝わって来る都会の声も、その音楽も、当分は耳にすることのできないかのように。 その晩は、お徳もなごりを惜しむというふうで、台所を片づけてから子供らの相手になった。お徳はにぎやかなことの好きな女で、戯れに子供らから・・・ 島崎藤村 「嵐」
・・・ 私も実は、次郎と三郎とに等分に金を分けることには、すでに腹をきめていた。ただ太郎と末子との分け方をどうしたものか。娘のほうにはいくらか薄くしても、長男に厚くしたものか。それとも四人の兄妹に同じように分けてくれたものか。そこまでの腹はま・・・ 島崎藤村 「分配」
・・・「ではこの押入には、下の方はあたしのものが少しばかりはいっておりますから、あなたは当分上の段だけで我慢してくださいましな」「………」「ねえ」「ええ」「まあ一心になっていらっしゃるんだわ」という。 ちょうど一と区切りつ・・・ 鈴木三重吉 「千鳥」
出典:青空文庫