・・・即ち家に居るの徳義よりも、世に処するの徳義を専らにするものの如し。この一点において我輩が見る所を異にすると申すその次第は、敢えて論者の道徳論を非難するにはあらざれども、前後緩急の別について問う所のものなきを得ざるなり。 世界開闢の歴史を・・・ 福沢諭吉 「日本男子論」
・・・然るに世に智徳の二字を熟語となし、智恵といえば徳もまた、これに従うものの如く心得、今日、西洋の文明は智徳の両者より成立つものなれば、智恵を進むるには徳義もまた進めざるべからずとて、或る学者はしきりに道徳の教をしき、もって西洋の文明に至らんと・・・ 福沢諭吉 「文明教育論」
・・・そういう面で役に立つならば、役に立てた人に対する徳義として沈黙しているべきことでもあろう。 現在北支で経過している事件の性質は、全く素人の一市民として見ても、世界歴史の上に豊富、多岐な内容をもっていることがわかる。歴史小説の題材としての・・・ 宮本百合子 「文芸時評」
・・・ 両性間の純な徳義、敏感な礼節、美しい共力はどうして得られるか。今日の生活、社会の習慣はまだまだ此等の獲得を困難なものにしています。男性も女性も、第一というところ、最も理想的というところを絶えず目ざしていて、決して雑作なく其処に着き過た・・・ 宮本百合子 「惨めな無我夢中」
・・・革命的指導者の最大の徳義は、世界とその国の客観的情勢を自分がそれを好都合と感じるか、感じないかということにかかわらず、革命の課題にそって正確に把握することであるということを理解していた人たちであった。人民とその指導者との間にまごころからの信・・・ 宮本百合子 「三つの愛のしるし」
・・・けれども、英国人たる者が生得権として敬虔、真実な徳義を持つと云う信条は決して否定しない。自分等は選ばれたる者で、特別な精神高揚の努力なしで、仁慈に達せられると思って居る。自分の金を出して一つの教会を建てる騒々しい成上りものは、そう云うことで・・・ 宮本百合子 「無題(四)」
・・・これは、十分この作者としてとりあげられる種類の人間的徳義心の問題である。こういう徳義は、パーウェルの母であるとかないとかいうことではない。大処高所から自分とわが子の運命の意味を見とおして、互に傷つきながらゆるがぬ情愛を持つ親は、現在の世の中・・・ 宮本百合子 「山本有三氏の境地」
・・・祖先の霊があるかのように背後を顧みて、祖先崇拝をして、義務があるかのように、徳義の道を踏んで、前途に光明を見て進んで行く。そうして見れば、僕は事実上極蒙昧な、極従順な、山の中の百姓と、なんの択ぶ所もない。只頭がぼんやりしていないだけだ。極頑・・・ 森鴎外 「かのように」
・・・だいぶ大勢の積りだし、不参の人もありそうだから、飛入をしても構わないのですが、それでは徳義上行かれぬなんぞと、あなたの事だから云うかも知れない。しかし二三日前に逢った時、あなたにはわたくしから話をして見て、来られるようなら、お連申すかも知れ・・・ 森鴎外 「百物語」
・・・ただ先生はその正義の情熱のために、信ずる所をまげる事ができなかった。徳義的脊骨があまりにも固かった。それが卑屈と妥協と中途半端とに慣れた世間の眼に珍しく見えたまでである。 しかし常識的という事が道義的鈍感を意味するならば、先生は常識的で・・・ 和辻哲郎 「夏目先生の追憶」
出典:青空文庫