・・・ 西洋の詩人や文学者に、あれほど広く大きな影響をあたへたニイチェが、日本ではただ一人、それも死前の僅かな時期に於ける一小説家だけに影響をあたへたといふことは、まことに特殊な不思議の現象と言はねばならない。そのくせニイチェの名前だけは、日・・・ 萩原朔太郎 「ニイチェに就いての雑感」
・・・なぜなら学者の説によれば、方角を知覚する特殊の機能は、耳の中にある三半規管の作用だと言うことだから。 余事はとにかく、私は道に迷って困惑しながら、当推量で見当をつけ、家の方へ帰ろうとして道を急いだ。そして樹木の多い郊外の屋敷町を、幾度か・・・ 萩原朔太郎 「猫町」
・・・それに黴の臭いの外に、胸の悪くなる特殊の臭気が、間歇的に鼻を衝いた。その臭気には靄のように影があるように思われた。 畳にしたら百枚も敷けるだろう室は、五燭らしいランプの光では、監房の中よりも暗かった。私は入口に佇んでいたが、やがて眼が闇・・・ 葉山嘉樹 「淫賣婦」
・・・そして、この現象は、本年のはじめ頃から日本の文学者の一部の間に特殊な傾向をもって強調されていた作家の社会性の拡大への要求、大人の文学への要求、国民の文学と称せられるものへの要求と根をつらねた文学的性格を具えている点においても、文学上相当の意・・・ 宮本百合子 「明日の言葉」
・・・主権在民という憲法にこういう矛盾が含まれていることは日本の歴史の特殊性である。ちょうど人間が胎児であったとき、その成長の過程で、ごく初期の胎生細胞はだんだん消滅して、すべて新しい細胞となって健康な赤ん坊として生れてくる。けれどももし何かの自・・・ 宮本百合子 「明日をつくる力」
・・・けれども先生は、女性同士の間の、特種な無関心を御存じでいらっしゃいますでしょう。或時は同性の心易さからの無関心――無邪気な放心であり、或時には微妙な、宛然流れ混る雲のように微妙な、細心な uneasy から、無関心に遁げる場合もございましょ・・・ 宮本百合子 「C先生への手紙」
時局と作家 浪漫主義者の自己暴露 九月の諸雑誌は、ほとんど満目これ北支問題である。そして、時節柄いろいろの形で特種の工夫がされているのであるが、いわゆる現地報告として、相当の蘊蓄・・・ 宮本百合子 「文芸時評」
・・・ジェルテルスキーが、上海で始めて彼女に紹介された時、彼女は、何か特種な称号でも云うように、「ええ、私マダム・ブーキンと申しますの、どうぞよろしく」と紅をさした頬で微笑った。髪の黒い、黒い眼のキラキラした痩せぎすの彼女にとって、マダム・・・ 宮本百合子 「街」
・・・最早絶えることない特種の野卑な醜聞は、嘲弄者に潤沢な機会を与える。大都市の街路は夜毎に世界の他の何処にも又と見られないような展覧会を示して居る。これら総てのことあるに反して、普通の英国人は自分の国の徳義上の優越を授けられたものと考える。そし・・・ 宮本百合子 「無題(四)」
・・・主権在民の憲法に天皇という特種な一項目があって、新聞では大臣も天皇も公僕であるといいながら身分上、経済上そして政治上の特権は十分たもたれているという事実は、日本の民主的生活の道がどんなに過渡的なものであり、まだどっさりと封建の尾をひいたもの・・・ 宮本百合子 「明瞭で誠実な情熱」
出典:青空文庫