・・・艶ッぽい節廻しの身に沁み入るようなのに聞惚れて、為永の中本に出て来そうな仇な中年増を想像しては能く噂をしていたが、或る時尋ねると、「時にアノ常磐津の本尊をとうとう突留めたところが、アンマリ見当外れでビックリした。仇な年増どころか皺だらけのイ・・・ 内田魯庵 「二葉亭余談」
・・・夏蜜柑の皮を剥きながら、此の草葺小屋の内を見廻した。年増の女が、たゞ独り、彼方で後向になって針仕事をしていた。そばを食べると昔の歌をうたって聞かせるという話だが、何も歌わなかった。 私が、この小舎を出る時、二人旅人が入って来た。・・・ 小川未明 「舞子より須磨へ」
・・・ 私はその手つきを見るたびに、いかに風采が上らぬとも、この手だけで岡惚れしてしまう年増女もあるだろうと、おかしげな想像をするのだったが、仲居の話では、大将は石部金吉だす。酒も煙草も余りやらぬという。併し、若い者の情事には存外口喧しくなく・・・ 織田作之助 「世相」
・・・もと北の新地にやはり芸者をしていたおきんという年増芸者が、今は高津に一軒構えてヤトナの周旋屋みたいなことをしていた。ヤトナというのはいわば臨時雇で宴会や婚礼に出張する有芸仲居のことで、芸者の花代よりは随分安上りだから、けちくさい宴会からの需・・・ 織田作之助 「夫婦善哉」
・・・ことに自分より年増の女は注意を要する。 男女交際と素人、玄人 日本では青年男女の交際の機会が非常に限られていることは不便なことだ。そのためにレディとの交際が出来難く、触れ合う女性は喫茶ガールや、ダンサーや、すべて・・・ 倉田百三 「学生と生活」
・・・酒の廻りしため面に紅色さしたるが、一体醜からぬ上年齢も葉桜の匂無くなりしというまでならねば、女振り十段も先刻より上りて婀娜ッぽいいい年増なり。「そう悪く取っちゃあいけねエ。そんなら実の事を云おうか、実はナ。「アアどうするッてエの。・・・ 幸田露伴 「貧乏」
・・・奥さんの前ですけれども、いや、もう何も包みかくし無く洗いざらい申し上げましょう、旦那は、或る年増女に連れられて店の勝手口からこっそりはいってまいりましたのです。もっとも、もうその頃は、私どもの店も、毎日おもての戸は閉めっきりで、その頃のはや・・・ 太宰治 「ヴィヨンの妻」
・・・のずから次第にダメになり、詩を書く気力も衰え、八丁堀の路地に小さいおでんやの屋台を出し、野良犬みたいにそこに寝泊りしていたのですが、その路地のさらに奥のほうに、六十過ぎの婆とその娘と称する四十ちかい大年増が、焼芋やの屋台を出し、夜寝る時は近・・・ 太宰治 「男女同権」
・・・このような教養人の悲しさを、私に感じさせる人は、日本では、豊島先生以外のお方は無かった。豊島先生は、いつも会場の薄暗い隅にいて、そうして微笑していらっしゃる。しかし、先生にとって、善人と言われるほど大いなる苦痛は無いのではないかと思われる。・・・ 太宰治 「豊島與志雄著『高尾ざんげ』解説」
・・・ れいのあの、きれいな声をした年増の女中は、日が暮れたら、濃い化粧をして口紅などもあざやかに、そうしてお酒やらお料理やらを私どもの部屋に持ち運んで来て、大旦那の言いつけかまたは若旦那の命令か知らぬが、部屋の入口にそれを置いてお辞儀をして・・・ 太宰治 「母」
出典:青空文庫