・・・ ああ、あのピストル強盗か?」「ピストル強盗ばかりじゃない。閣下はあれから余興掛を呼んで、もう一幕臨時にやれと云われた。今度は赤垣源蔵だったがね。何と云うのかな、あれは? 徳利の別れか?」 穂積中佐は微笑した眼に、広い野原を眺めまわ・・・ 芥川竜之介 「将軍」
・・・ 壁に耳あり、徳利にも口だ。まあ、どこかへ行って一杯やろう。三人の盗人は嘲笑いながら、王子とは反対の路へ行ってしまう。二「黄金の角笛」と云う宿屋の酒場。酒場の隅には王子がパンを噛じっている。王子のほかにも客が・・・ 芥川竜之介 「三つの宝」
・・・、遠慮なく座蒲団を膝へ敷いて、横柄にあたりを見廻すと、部屋は想像していた通り、天井も柱も煤の色をした、見すぼらしい八畳でしたが、正面に浅い六尺の床があって、婆娑羅大神と書いた軸の前へ、御鏡が一つ、御酒徳利が一対、それから赤青黄の紙を刻んだ、・・・ 芥川竜之介 「妖婆」
・・・ 竹の皮散り、貧乏徳利の転った中に、小一按摩は、夫人に噛りついていたのである。 読む方は、筆者が最初に言ったある場合を、ごく内端に想像さるるが可い。 小一に仮装したのは、この山の麓に、井菊屋の畠の畑つくりの老僕と日頃懇意な、・・・ 泉鏡花 「怨霊借用」
・・・ そのつもりで、――千破矢の雨滴という用意は無い――水の手の燗徳利も宵からは傾けず。追加の雪の題が、一つ増しただけ互選のおくれた初夜過ぎに、はじめて約束の酒となった。が、筆のついでに、座中の各自が、好、悪、その季節、花の名、声、人、鳥、・・・ 泉鏡花 「第二菎蒻本」
・・・ おはまは笑いながら、徳利を持って出た帰りしなに、そっと省作の肩をつねった。「まあよく考えてみろ、おとよさんは少しぐらいの財産に替えられる女ではないど。そうだ、無論おとよさんの料簡を聞いてみてからの事だ。今夜はこれで止めておく。とく・・・ 伊藤左千夫 「春の潮」
・・・傾けた徳利の酒が不足であったので、「おい、お銚子」と、奥へ注意してから、「女房は弱いし、餓鬼は毎日泣きおる、これも困るさかいなア。」「それはお互いのことだア。ね」と、僕が答えるとたん、から紙が開いて、細君が熱そうなお燗を持って出て来たが・・・ 岩野泡鳴 「戦話」
・・・と出した徳利から、心では受けまいと定めていた酒を受けた。しかし、まだ何となく胸のもつれが取れないので、ろくに話をしなかった。「おこってるの?」「………」「ええ、おこッているの?」「………」「あたい知らないわ!」 吉弥・・・ 岩野泡鳴 「耽溺」
・・・家来は携えてきた小さな徳利の中にその水を入れました。そして早くこれを携えて、国へもどって天子さまにさしあげようと思って、山を下りました。 家来は山を下って、海辺へきて、毎日その海岸を通る船を見ていたのであります。けれど、一そうも目にとま・・・ 小川未明 「不死の薬」
・・・ 男はこの時気のついたように徳利を揮って見て、「ははは、とんだ滅入った話になって、酒も何も冷たくなってしまった。お光さん、ちっともお前やらねえじゃねえか、遠慮をしてねえでセッセと馬食ついてくれねえじゃいけねえ」と言いながら、手を叩いて女・・・ 小栗風葉 「深川女房」
出典:青空文庫