・・・このような神経の異常を治療するのにいちばん手軽な方法は、講演会場から車を飛ばしてどこかの常設映画館に入場することである。上映中の映画がどんな愚作であってもそれは問題でない、のみならずあるいはむしろ愚作であればあるほどその治療的効果が大きいよ・・・ 寺田寅彦 「映画と生理」
・・・忙しく泡を飛ばして其無数の口が囁く。そうして更に無数の囁が騒然として空間に満ちる。電光が針金の如き白熱の一曲線を空際に閃かすと共に雷鳴は一大破壊の音響を齎して凡ての生物を震撼する。穹窿の如き蒼天は一大玻璃器である。熾烈な日光が之を熱して更に・・・ 長塚節 「太十と其犬」
・・・もっとも滑稽物や何かで帽子を飛ばして町内中逐かけて行くと云ったような仕草は、ただそのままのおかしみで子供だって見ていさえすれば分りますから質問の出る訳もありませんが、人情物、芝居がかった続き物になると時々聞かれます。その問ははなはだ簡単でた・・・ 夏目漱石 「中味と形式」
・・・と圭さんが云い了らぬうちに、雨を捲いて颯とおろす一陣の風が、碌さんの麦藁帽を遠慮なく、吹き込めて、五六間先まで飛ばして行く。眼に余る青草は、風を受けて一度に向うへ靡いて、見るうちに色が変ると思うと、また靡き返してもとの態に戻る。「痛快だ・・・ 夏目漱石 「二百十日」
・・・ 私はとりとめもないことを旋風器のように考え飛ばしていた。 ――俺は飢えてるんじゃないか。そして興奮したじゃないか、だが俺は打克った。フン、立派なもんだ。民平、だが、俺は危くキャピタリスト見たよな考え方をしようとしていたよ。俺が何も・・・ 葉山嘉樹 「淫賣婦」
・・・風がそれをけむりのように飛ばしました。 かんじきをはき毛皮を着た人が、村の方から急いでやってきました。「もういいよ。」雪童子は子供の赤い毛布のはじが、ちらっと雪から出たのをみて叫びました。「お父さんが来たよ。もう眼をおさまし。」・・・ 宮沢賢治 「水仙月の四日」
・・・つかまえてドアから飛ばしてやろうとゴーシュが手を出しましたらいきなりかっこうは眼をひらいて飛びのきました。そしてまたガラスへ飛びつきそうにするのです。ゴーシュは思わず足を上げて窓をばっとけりました。ガラスは二三枚物すごい音して砕け窓はわくの・・・ 宮沢賢治 「セロ弾きのゴーシュ」
・・・ 砂を飛ばしてころがるとき、陽子の胸を若々しい歓ばしさと一緒に小さい鋭い悲しさが貫くのであった。転がれ、転がれ、わがからだ! 夫のいない世界まで。悲しみのない処まで!「ウワーイ!」 犬ころのように、陽子は悌と並んだり、篤介とぶつ・・・ 宮本百合子 「明るい海浜」
・・・風が袂をふき飛ばした。晴子も手を振った。が、父は動かず、却ってこっちに来い、来い、と合図している。佐和子と晴子は手をひき合い、かけ声をかけて砂丘をのぼって行った。「何御用」「Kへ行きませんか」「行ってもよくてよ」 Kは九八丁・・・ 宮本百合子 「海浜一日」
・・・やがて板切れを抱いて水を跳ね飛ばしながら駛け上がって来る。――生が踊り跳ねている。生が自然と戦いそれを征服している。 私はそこに現われた集中と純一と全存在的な活動とのゆえにしばし恍惚とした。 この気持ちのよさは我々がすべての活動に追・・・ 和辻哲郎 「生きること作ること」
出典:青空文庫