・・・それならその瞬間にはどういう事を思うて居たろうか。それは、吉三は可愛いと思うて居た。〔『ホトトギス』第二巻第六号 明治32・3・10〕 正岡子規 「恋」
・・・ そしたらそこへどういうわけか、その、白象がやって来た。白い象だぜ、ペンキを塗ったのでないぜ。どういうわけで来たかって? そいつは象のことだから、たぶんぶらっと森を出て、ただなにとなく来たのだろう。 そいつが小屋の入口に、ゆっくり顔・・・ 宮沢賢治 「オツベルと象」
・・・ それが、却って、云うに云えない今日の新鮮さ、頼りふかい印象を与えているのは、どういうわけなのだろうか。 日本の民主化ということは、大したことであるという現実の例がこの一事にも十分あらわれていると思う。 こういう、云わば野暮な、・・・ 宮本百合子 「合図の旗」
・・・二羽の鷹はどういう手ぬかりで鷹匠衆の手を離れたか、どうして目に見えぬ獲物を追うように、井戸の中に飛び込んだか知らぬが、それを穿鑿しようなどと思うものは一人もない。鷹は殿様のご寵愛なされたもので、それが荼の当日に、しかもお荼所の岫雲院の井戸に・・・ 森鴎外 「阿部一族」
・・・猿はどういうものか少し時間をとりますね。」 と栖方は低く笑いながら、額に日灼けの条の入った頭を痒いた。狂人の寝言のように無雑作にそう云うのも、よく聞きわけて見ると、恐るべき光線の秘密を呟いているのだった。「僕は動物の心臓というものに・・・ 横光利一 「微笑」
・・・僕は死ぬるという事はどういう事か、まだ判然分らなかったのですが、この時大事な大事な奥様の静かに眠っていらっしゃるのを、跡に見てすすり泣きしながら、徳蔵おじに手を引れて、外へ出た時、初めて世はういものという、習い始めをしました。 これから・・・ 若松賤子 「忘れ形見」
・・・私の個性は性格は私の宿命です。どういう樹になるかは知らないが、芽はすでに出ているのです、伸びつつあるのです。芽の内に花や実の想像はつかないとしても、その花や実がすでに今準備されつつある事は確かです。今はただできるだけ根を張りできるだけ多く養・・・ 和辻哲郎 「ある思想家の手紙」
出典:青空文庫