・・・しかもその風呂敷に似た襟飾が時々胴着の胸から抜け出して風にひらひらするのを見受けた事があった。高等学校の教授が黒いガウンを着出したのはその頃からの事であるが、先生も当時は例の鼠色のフラネルの上へ繻子か何かのガウンを法衣のように羽織ていられた・・・ 夏目漱石 「博士問題とマードック先生と余」
・・・孝子が出て来たり、貞女が出て来たり、その他いろいろの人物が出て来て、すべて読者の徳性を刺激してその刺激に依って事をなす、すなわち読者を動かそうと云う方法を講じますから、その刺激を与える点は取りも直さず道義的であると同時に芸術的に違ない。(文・・・ 夏目漱石 「文芸と道徳」
・・・またある人はどこかで道義心に満足を与えない作物は、作りたくない読みたくないと断言します。また他の人は意思の発現に伴う荘厳の情緒を得なければ、文芸上のあるものを味うた気がしないとまで主張するかも知れない。これらの時代もこれらの人々もことごとく・・・ 夏目漱石 「文芸の哲学的基礎」
・・・ただ金を所有している人が、相当の徳義心をもって、それを道義上害のないように使いこなすよりほかに、人心の腐敗を防ぐ道はなくなってしまうのです。それで私は金力には必ず責任がついて廻らなければならないといいたくなります。自分は今これだけの富の所有・・・ 夏目漱石 「私の個人主義」
・・・ 今日の世界的道義はキリスト教的なる博愛主義でもなく、又支那古代の所謂王道という如きものでもない。各国家民族が自己を越えて一つの世界的世界を形成すると云うことでなければならない、世界的世界の建築者となると云うことでなければならない。・・・ 西田幾多郎 「世界新秩序の原理」
・・・ 雪を振り落してから、一本腕はぼろぼろになった上着と、だぶだぶして体に合わない胴着との控鈕をはずした。その下には襦袢の代りに、よごれたトリコオのジャケツを着込んでいる。控鈕をはずしてから、一本腕は今一本の腕を露した。この男は自分の目的を・・・ 著:ブウテフレデリック 訳:森鴎外 「橋の下」
・・・真によく愛すことと、真によく闘うことは、今日のような階級対立の鋭い大衆の不幸な社会にあって、全く同義語のような歴史的意義をもっていると私は思うのである。〔一九三五年五月〕 宮本百合子 「新しい一夫一婦」
・・・ 民主的な検事局というならば、あらゆる場合、基本的な人権の劬り、事件関係に対する社会の現実に立ったリアルな科学的洞察、真の道義的責任のありどころを明確にすることがのぞまれて当然である。一つの行為に対する法的処罰が、道義上の判断と評価とに・・・ 宮本百合子 「石を投ぐるもの」
・・・ゲーテだのルソーだの岡倉天心だのの伝記には、恋愛と同義語のような異性の間の友情が出て来てもいる。異性の間に漠然とした関心、興味、ある魅力が感じられているという状態のとき、それは互の条件次第で恋愛としてのびることも想像されると思う。けれども、・・・ 宮本百合子 「異性の間の友情」
・・・仮に二つのものを一つに結び合わして考えたい心持のひとは、二つに分けられたままにただそれを並べてくっつけて云って、結果としては科学知識プラス宗教或は科学知識にプラス道義とかいう形に止った。 人間精神の溌剌さは、現実のうちではそういう不器用・・・ 宮本百合子 「科学の精神を」
出典:青空文庫