・・・自分は最後にこの二篇の蕪雑な印象記を井川恭氏に献じて自分が同氏に負っている感謝をわずかでも表したいと思うことを附記しておく 芥川竜之介 「松江印象記」
・・・彼は無風帯を横ぎる帆船のように、動詞のテンスを見落したり関係代名詞を間違えたり、行き悩み行き悩み進んで行った。 そのうちにふと気がついて見ると、彼の下検べをして来たところはもうたった四五行しかなかった。そこを一つ通り越せば、海上用語の暗・・・ 芥川竜之介 「保吉の手帳から」
・・・卑しい身分の女などはあからさまに卑猥な言葉をその若い道士に投げつけた。道士は凡ての反感に打克つだけの熱意を以て語ろうとしたが、それには未だ少し信仰が足りないように見えた。クララは顔を上げ得なかった。 そこにフランシスがこれも裸形のままで・・・ 有島武郎 「クララの出家」
・・・そうしてそれが過ぎてしまえば、ふたたび他人同志になるのである。 二 むろん思想上の事は、かならずしも特殊の接触、特殊の機会によってのみ発生するものではない。我々青年は誰しもそのある時期において徴兵検査のために非常な危・・・ 石川啄木 「時代閉塞の現状」
・・・いつしか詩と私とは他人同志のようになっていた。たまたま以前私の書いた詩を読んだという人に逢って昔の話をされると、かつていっしょに放蕩をした友だちに昔の女の話をされると同じ種類の不快な感じが起った。生活の味いは、それだけ私を変化させた。「――・・・ 石川啄木 「弓町より」
・・・ 案内をして、やがて三由屋の女中が、見えなくなるが疾いか、ものをいうよりはまず唇の戦くまで、不義ではあるが思う同士。目を見交したばかりで、かねて算した通り、一先ず姿を隠したが、心の闇より暗かった押入の中が、こう物色の出来得るは、さて・・・ 泉鏡花 「伊勢之巻」
・・・けれども、それは何、少いもの同志だから、萌黄縅の鎧はなくても、夜一夜、戸外を歩行いていたって、それで事は済みました。 内じゃ、年よりを抱えていましょう。夜が明けても、的はないのに、夜中一時二時までも、友達の許へ、苦い時の相談の手紙なんか・・・ 泉鏡花 「女客」
・・・ 三 こんな年していうことの、世帯じみたも暮向き、塩焼く煙も一列に、おなじ霞の藁屋同士と、女房は打微笑み、「どうも、三ちゃん、感心に所帯じみたことをおいいだねえ。」 奴は心づいて笑い出し、「ははは、所・・・ 泉鏡花 「海異記」
・・・女同士のああした処は、しおらしいものですわね。酷いめに逢うのも知らないで。……ぽう、ぽっぽ――可哀相ですけど。……もう縁側へ出ましたよ。男が先に、気取って洋杖なんかもって――あれでしょう。三郎さんを突いたのは――帰途は杖にして縋ろうと思って・・・ 泉鏡花 「貝の穴に河童の居る事」
・・・雀同志は、突合って、先を争って狂っても、その目白鳥にはおとなしく優しかった。そして目白鳥は、欲しそうに、不思議そうに、雀の飯を視めていた。 私は何故か涙ぐんだ。 優しい目白鳥は、花の蜜に恵まれよう。――親のない雀は、うつくしく愛らし・・・ 泉鏡花 「二、三羽――十二、三羽」
出典:青空文庫