・・・胸は依然として苦しいが、どうもいたしかたがない。 また同じ褐色の路、同じ高粱の畑、同じ夕日の光、レールには例の汽車がまた通った。今度は下り坂で、速力が非常に早い。釜のついた汽車よりも早いくらいに目まぐろしく谷を越えて駛った。最後の車輛に・・・ 田山花袋 「一兵卒」
・・・「どうもこいつの方が信用が置けそうだ。この卓や腰掛が似ているように、ここに来て据わる先生達が似ているなら、おれは襟に再会することは断じて無かろう。」 こう思って、あたりを見廻わして、時分を見計らって、手早く例の包みを極右党の卓の中にしま・・・ 著:ディモフオシップ 訳:森鴎外 「襟」
・・・飛んで来て止まった時には最初大きく振れるが急速な減衰振動をして止めてしまう。どうもこの鳥の心の動きが尾の振動に現われるように見えるのである。「この辺には雀がいない」と子供がいう。なるほどまだ一度も雀の顔を見ない。もしかすると鶺鴒の群がこ・・・ 寺田寅彦 「浅間山麓より」
・・・酒のお酌や飯の給仕に出るのがその綾子さんで、どうも様子が可怪しいと思ってるてえと、やがてのこと阿母さんの口から縁談の話が出た。けど秋山少尉は考えておきますと、然いうだけで、何遍話をしても諾といわない。 そこで阿母さんも不思議に思って、娘・・・ 徳田秋声 「躯」
・・・「どうもすみません」 お辞儀しながら、私は犬の方を見た。しかし犬はもうけろりとして、女中さんの足許に脚をなげだして、ものうさそうにそっぽむいているのであった。「犬が怖かったもんですから」 そういうと、女中さんが、「お前が・・・ 徳永直 「こんにゃく売り」
・・・ 折から、裏門のくぐりを開けて、「どうも、わりいものが降りやした。」と鳶の頭清五郎がさしこの頭巾、半纒、手甲がけの火事装束で、町内を廻る第一番の雪見舞いにとやって来た。「へえッ、飛んでもねえ。狐がお屋敷のをとったんでげすって。御維新・・・ 永井荷風 「狐」
・・・「おれが死んじまったらどうも出来めえ」と更に彼は自暴自棄にこういうようになった。唯一人でも衷心慰藉するものがあれば彼は救われた。習慣はすべての心を麻痺した。人は彼に揶揄うことを止めなかった。そうして彼の恐怖心を助長し且つ惑乱した。彼・・・ 長塚節 「太十と其犬」
・・・惚れぬ事……。どうも脚気らしい」と拇指で向脛へ力穴をあけて見る。「九仞の上に一簣を加える。加えぬと足らぬ、加えると危うい。思う人には逢わぬがましだろ」と羽団扇がまた動く。「しかし鉄片が磁石に逢うたら?」「はじめて逢うても会釈はなかろ」と拇指・・・ 夏目漱石 「一夜」
・・・を含んでいるんだが、どうも、いくら踏ん張ってもそれが書けないんだ。検閲が通らないだろうなどと云うことは、てんで問題にしないでいても自分で秘密にさえ書けないんだから仕方がない。 だが下らない前置を長ったらしくやったものだ。 私は未・・・ 葉山嘉樹 「淫賣婦」
・・・そういうところが、どうも自分に似たところがあるので、私はドンコが好きで、棲家をも「鈍魚庵」とした次第である。 しかし、ドンコ釣りを躊躇させる一時期がある。ドンコほど夫婦愛が深く、また、父性愛の強いものはない。産卵期になるといつもアベック・・・ 火野葦平 「ゲテ魚好き」
出典:青空文庫