・・・が、簾の外の往来が、目まぐるしく動くのに引換えて、ここでは、甕でも瓶子でも、皆赭ちゃけた土器の肌をのどかな春風に吹かせながら、百年も昔からそうしていたように、ひっそりかんと静まっている。どうやらこの家の棟ばかりは、燕さえも巣を食わないらしい・・・ 芥川竜之介 「運」
・・・わたくしは数馬の怨んだのも、今はどうやら不思議のない成行だったように思って居りまする。」「じゃがそちの斬り払った時に数馬と申すことを悟ったのは?」「それははっきりとはわかりませぬ。しかし今考えますると、わたくしはどこか心の底に数馬に・・・ 芥川竜之介 「三右衛門の罪」
・・・「お主は川森さんの縁のものじゃないんかの。どうやら顔が似とるじゃが」 今度は彼れの返事も待たずに長顔の男の方を向いて、「帳場さんにも川森から話いたはずじゃがの。主がの血筋を岩田が跡に入れてもらいたいいうてな」 また彼れの方を・・・ 有島武郎 「カインの末裔」
・・・ 虫ではない、確かに鳥らしく聞こえるが、やっぱり下の方で、どうやら橋杭にでもいるらしかった。「千鳥かしらん」 いや、磯でもなし、岩はなし、それの留まりそうな澪標もない。あったにしても、こう人近く、羽を驚かさぬ理由はない。 汀・・・ 泉鏡花 「海の使者」
・・・「糠袋を頬張って、それが咽喉に詰って、息が塞って死んだのだ。どうやら手が届いて息を吹いたが。……あとで聞くと、月夜にこの小路へ入る、美しいお嬢さんの、湯帰りのあとをつけて、そして、何だよ、無理に、何、あの、何の真似だか知らないが、お嬢さ・・・ 泉鏡花 「絵本の春」
・・・省作にからかわれるのがどうやらうれしいようにも見えるけれど、さあ仕事となれば一生懸命に省作を負かそうとするなどははなはだ無邪気でよい。 清さんと清さんのお袋といっしょにおとよさんは少しあとになってくる。おとよさんは決して清さんといっしょ・・・ 伊藤左千夫 「隣の嫁」
・・・「民さんはそんなに野菊が好き……道理でどうやら民さんは野菊のような人だ」 民子は分けてやった半分の野菊を顔に押しあてて嬉しがった。二人は歩きだす。「政夫さん……私野菊の様だってどうしてですか」「さアどうしてということはないけ・・・ 伊藤左千夫 「野菊の墓」
・・・この際、外に看護してくれるものはなかったんさかい、それが矢ッ張り大石軍曹であったらしい、どうやら、その声も似とった。」「それが果して気違いであったなら、随分しッかりした気狂いじゃアないか?」「無論気狂いにも種類があるもんと見にゃなら・・・ 岩野泡鳴 「戦話」
・・・岸島からさらに中洲へ廻って、中洲は例のお仙親子の住居を訪れるので、一昨日媼さんがお光を訪ねた時の話では、明日の夕方か、明後日の午後にと言ったその午後がもう四時すぎ、昨日もいたずらに待惚け食うし、今日もどうやら当てにならないらしく思われたので・・・ 小栗風葉 「深川女房」
・・・ 絹代とは田中絹代、一夫とは長谷川一夫だとどうやらわかったが、高瀬とは高瀬なにがしかと考えていると、「貴方は誰ですの?」「高瀬です」 つい言った。「まあ」 さすがに暫らくあきれていたようだったが、やがて、「高瀬は・・・ 織田作之助 「秋深き」
出典:青空文庫