・・・空気のいささかな動揺にも、対比、均斉、調和、平衡等の美的法則を破らないよう、注意が隅々まで行き渡っていた。しかもその美的法則の構成には、非常に複雑な微分数的計算を要するので、あらゆる町の神経が、非常に緊張して戦いていた。例えばちょっとした調・・・ 萩原朔太郎 「猫町」
・・・ 船体の動揺の刹那まで、私の足の踝にジャックナイフの突き通るまでは、私にも早朝の爽快さと、溌溂さとがあった。けれども船体の一と揺れの後では、私の足の踝から先に神経は失くなり、多くの血管は断ち切られた。そして、その後では、新鮮な溌溂たる疼・・・ 葉山嘉樹 「浚渫船」
・・・また同様に鼓膜も、極めて微細な震動しかしなかった。空気――風――と光線とは誰の所有に属するかは、多分、典獄か検事局かに属するんだろう――知らなかったが、私達の所有は断乎として禁じられていた。 それが今、声帯は躍動し、鼓膜は裂けるばかりに・・・ 葉山嘉樹 「牢獄の半日」
・・・平田がそんな男か、そんな男でないか、五六年兄弟同様にしている私より、お前さんの方がよく知ッてるはずだ。私がまさかお前さんを欺す……」と、西宮がなお説き進もうとするのを、吉里は慌てて遮ッた。「あら、そうじゃアありませんよ。兄さんには済みません・・・ 広津柳浪 「今戸心中」
・・・ 成長して他人の家へ行くものは必ずしも女子に限らず、男子も女子と同様、総領以下の次三男は養子として他家に行くの例なり。人間世界に男女同数とあれば、其成長して他人の家に行く者の数も正しく同数と見て可なり。或は男子は分家して一戸の主・・・ 福沢諭吉 「女大学評論」
・・・るの先例を示されたらば、世間にも次第に学問を貴ぶの風を成して、自然に学者安身の地位も生ずべきがゆえに、専業の工たり農商たり、また政治家たる者の外は、学問社会をもって畢生安心の地と覚悟して、政壇の波瀾に動揺することなきを得べし。我が輩かつてい・・・ 福沢諭吉 「学問の独立」
・・・というのは、当時の語学校はロシアの中学校同様の課目で、物理、化学、数学などの普通学を露語で教える傍ら、修辞学や露文学史などもやる。所が、この文学史の教授が露国の代表的作家の代表的作物を読まねばならぬような組織であったからである。 する中・・・ 二葉亭四迷 「予が半生の懺悔」
・・・但しこの位置は勝負中多少動揺することあり。甲組競技場に立つ時は乙組は球を打つ者ら一、二人(四人を越の外はことごとく後方に控えおるなり。 本基 第一基 第二基 第三基 攫者の位置 投者の位置 短遮の位置 第・・・ 正岡子規 「ベースボール」
・・・あなたも丁度わたし同様の病気です。うむ。」「ああ、やっぱりさようでございましたか。全く、全く、全く、実に、実に、あいた、いた、いた、いた。」そこでホンブレンドの声がした。「ずいぶん神経過敏な人だ。すると病気でないものは僕とクォー・・・ 宮沢賢治 「楢ノ木大学士の野宿」
・・・今のように表面的にはそういう新たな歴史の建設的推進力が見にくくされているような時期には、窮乏化する小市民インテリゲンツィアが、確信をもって新たな次代の階級へ自身を移行させることが困難であると同様に、恋愛や結婚の実際に当っても、本質的な発展は・・・ 宮本百合子 「新しい一夫一婦」
出典:青空文庫