・・・はじめのうちは金が、──地方の慾ばり屋がどんどん送ってよこすので──豊富で給料も十八円ずつくれたが、そのうち十七円にさげられた。僕が出たあと、半年ほどして、山漢社長はつゞまりがつかなくなって事務所にも、バラックにも、火をつけて焼いてしまった・・・ 黒島伝治 「自伝」
・・・腕のいゝ旋盤工だから、んでなかったら、どんどん日給もあがって、えゝ給料取りになっていたんだ。」――それは他の人もそッと持っていた気持だったので、室の中が急に、今迄とは変ったものになった。――「そればかりで無いんだ。この前警察から出てくると、・・・ 小林多喜二 「母たち」
・・・伸び行くさかりの子供は、一つところにとどまろうとしていなかった。どんどんきのうのことを捨てて行った。「オヤ――三ちゃんの『早川賢』もどうしたろう。」 と、ふと私が気づいたころは、あれほど一時大騒ぎした人の名も忘れられて、それが「木下・・・ 島崎藤村 「嵐」
・・・ 二 ウイリイはどんどん馬を走らせていきました。するともうかなり遠くへ来たと思うときに、馬がふいに、口をきいて、「ウイリイさん、お腹が減ったら私の右の耳の後へ手をおあてなさい。のどがかわいたら私の左の耳の後を・・・ 鈴木三重吉 「黄金鳥」
・・・ 男の子はふたたびどんどん歩きました。そして、ようやくのことで、たかい、まっ青な、いつも見る岡の下へつきました。男の子はその岡を上っていきますと、れいのお家がありました。しかしそばへ来て見ると、そのお家の窓はただのガラス窓で、金なぞはど・・・ 鈴木三重吉 「岡の家」
・・・そしてみんなで列をつくって、女のあとについて、どんどん湖水の中へかえってしまいました。 ギンは気狂のようになって、あとを追っかけていきましたが、もう女の姿も牛や羊や馬の影も見えませんでした。ひろびろとしたさびしい湖水の上には、ただ、四ひ・・・ 鈴木三重吉 「湖水の女」
・・・いまは、数学が急激に、どんどん変っているときなんだ。過渡期が、はじまっている。世界大戦の終りごろ、一九二〇年ごろから今日まで、約十年の間にそれは、起りつつある。」きのう学校で聞いて来たばかりの講義をそのまま口真似してはじめるのだから、たまっ・・・ 太宰治 「愛と美について」
・・・大学生は、やはりどんどん歩いて行った。女は、そのあとを追って、死ぬよりほかはないわ、と呟いて、わが身が雑巾のように思われたそうである。 女は、私の友人の画家が使っていたモデル女である。花の衣服をするっと脱いだら、おまもり袋が首にぷらんと・・・ 太宰治 「あさましきもの」
・・・よく注意してみると、窓の外の街上を走る電車の騒音の中に含まれているどんどんというような音を自分の耳が抽出し拾い上げて、それを眼前の視像の中に都合よく投げ込んでいたものらしい。 同様に笛を吹く場面でもかすかに笛の音らしいものが聞かれた。こ・・・ 寺田寅彦 「映画雑感(4[#「4」はローマ数字、1-13-24])」
・・・しかし、新聞記事の多数の読者には、どうしても、当人が登壇して滔々と論じたかのごとく、また黄河の水を大きなバケツか何かで、どんどん日本海へくみ込むかと思わせるようになっているのである。そのほうがなるほどたしかにおもしろいには相違ないのである。・・・ 寺田寅彦 「錯覚数題」
出典:青空文庫