・・・二人とも目を据えて瞻るばかり、一時、屋根を取って挫ぐがごとく吹き撲る。「気が騒いでならんが。」 と雑所は、しっかと腕組をして、椅子の凭りに、背中を摺着けるばかり、びたりと構えて、「よく、宮浜に聞いた処が、本人にも何だか分らん、姉・・・ 泉鏡花 「朱日記」
・・・彼らは、思うぞんぶんに二人をなぐると、「さあ、さっさと早くこの町から、どこへでもいってしまえ。まごまごしていると、また見つけて、こんどは許しておかないから。」といい残して、これらの乱暴者は去ってしまいました。 子供は、若者に二度助け・・・ 小川未明 「あほう鳥の鳴く日」
・・・「良三、途中で帰るなんていったら、なぐるぜ。」と、英ちゃんがいいました。「ああ、いいよ。」 これをきいていたお姉さんは、もうたまらなくなりました。「良ちゃん、釣りになんかゆくのをおよしよ。」と、お姉さんは、いいました。「・・・ 小川未明 「小さな弟、良ちゃん」
・・・「蓄音機に撲られるより、蓄音機を撲る方が気が利いてるよ。あの蓄音機め、こわしてやる。脱走よりは男らしいよ」「えっ? 本まか?」 赤井は思わず白崎の横顔を覗きこんだ。「本まや」 と、白崎も大阪弁をつかって、微笑した。「・・・ 織田作之助 「昨日・今日・明日」
・・・ところが買って来たものの、屠殺の方法が判らんちゅう訳で、首の静脈を切れちゅう者もあれば眉間を棍棒で撲るとええちゅう訳で、夜更けの焼跡に引き出した件の牛を囲んで隣組一同が、そのウ、わいわい大騒ぎしている所へ、夜警の巡査が通り掛って一同をひっく・・・ 織田作之助 「世相」
・・・一度話をしたいと柳吉だけが判読出来るその手紙が、いつの間にか病人のところへ洩れてしまって、枕元へ呼び寄せての度重なる意見もかねがね効目なしと諦めていた父親も、今度ばかりは、打つ、撲るの体の自由が利かぬのが残念だと涙すら浮べて腹を立てた。わざ・・・ 織田作之助 「夫婦善哉」
・・・この男は少し変りもので、横着もので、随分人をひやかすような口ぶりをする奴ですから、『殴るぞ』と尺八を構えて喝す真似をしますと、彼奴急に真面目になりまして、『修蔵様に是非見てもらいたいものがあるんだが見てくれませんか』と妙なことを言い出し・・・ 国木田独歩 「女難」
・・・それもいいけれど、片道一里もあるところをたった二合ずつ買いに遣されて、そして気むずかしい日にあ、こんなに量りが悪いはずはねえ、大方途中で飲んだろう、道理で顔が赤いようだなんて無理を云って打撲るんだもの、ほんとに口措くってなりやしない。」・・・ 幸田露伴 「雁坂越」
・・・君兪は金で面を撲るような九如を余り好みもせず、かつ自分の家柄からして下眼に視たことででもあろう、ウン御覧に入れましょうといって半分冗談に、真鼎は深蔵したまま、彼の周丹泉が倣造した副の方の贋鼎を出して視せた。贋鼎だって、最初真鼎の持主の凝菴が・・・ 幸田露伴 「骨董」
・・・その人を尊敬し、かばい、その人の悪口を言う者をののしり殴ることによって、自身の、世の中に於ける地位とかいうものを危うく保とうと汗を流して懸命になっている一群のものの謂である。最も下劣なものである。それを、男らしい「正義」かと思って自己満足し・・・ 太宰治 「如是我聞」
出典:青空文庫