・・・相手は、この話をして聞かせるのが、何故か非常に得意らしい。「今も似よりの話を二つ三つ聞いて来ましたが、中でも可笑しかったのは、南八丁堀の湊町辺にあった話です。何でも事の起りは、あの界隈の米屋の亭主が、風呂屋で、隣同志の紺屋の職人と喧嘩を・・・ 芥川竜之介 「或日の大石内蔵助」
・・・その世界に何故渇仰の眼を向け出したか、クララ自身も分らなかったが、当時ペルジヤの町に対して勝利を得て独立と繁盛との誇りに賑やか立ったアッシジの辻を、豪奢の市民に立ち交りながら、「平和を求めよ而して永遠の平和あれ」と叫んで歩く名もない乞食の姿・・・ 有島武郎 「クララの出家」
・・・A 君のやりそうなこったね。B そうかね。僕はまた君のやりそうなこったと思っていた。A 何故。B 何故ってそうじゃないか。第一こんな自由な生活はないね。居処って奴は案外人間を束縛するもんだ。何処かへ出ていても、飯時になれあ直・・・ 石川啄木 「一利己主義者と友人との対話」
・・・ 泰西の諸国にて、その公園に群る雀は、パンに馴れて、人の掌にも帽子にも遊ぶと聞く。 何故に、わが背戸の雀は、見馴れない花の色をさえ恐るるのであろう。実に花なればこそ、些とでも変った人間の顔には、渠らは大なる用心をしなければならない。・・・ 泉鏡花 「二、三羽――十二、三羽」
夏目さんとは最近は会う機会がなかった。その作も殆んど読まない。人の評判によると夏目さんの作は一年ましに上手になって行くというが、私は何故だかそうは思わない、といって私は近年は全然読まないのだから批評する資格は勿論ないのであ・・・ 内田魯庵 「温情の裕かな夏目さん」
・・・けれどもマウント・ホリヨーク・セミナリーという女学校は非常な勢力をもって非常な事業を世界になした女学校であります。何故だといいますと、それが世界を感化するの勢力を持つにいたった原因は、その学校にはエライ非常な女がおった。その人は立派な物理学・・・ 内村鑑三 「後世への最大遺物」
・・・ 私達は、IWWの宣言に、サンジカリストの行動に、却って、芸術を見て、所謂、文芸家の手になった作品に、それを見ないのは何故か。彼等の作品が、商品化されたばかりでなく、彼等自身が、既に資本主義下の寄食によって、機械化されたからである。・・・ 小川未明 「芸術は革命的精神に醗酵す」
・・・そうした風景に私は何故惹きつけられるのか、はっきり説明出来ないのであるが、ただそこに何かしら哀れな日々の営みを感ずることはたしかである。はかなく哀れであるが、しかしその営みには何か根強いものがある。それを大阪の伝統だとはっきり断言することは・・・ 織田作之助 「大阪発見」
・・・両脚に負傷したことはこれで朧気ながら分ったが、さて合点の行かぬは、何故此儘にして置いたろう? 豈然とは思うが、もしヒョッと味方敗北というのではあるまいか? と、まず、遡って当時の事を憶出してみれば、初め朧のが末明亮となって、いや如何しても敗・・・ 著:ガールシンフセヴォロド・ミハイロヴィチ 訳:二葉亭四迷 「四日間」
・・・其処で私が、何故そんな事を言うのか、斯うしてお母さんと二人で居ればよいではないか、と言っても彼は「いいえ、僕は淋しいのです。それでは氷山さんの伯母さんでも」と言ってききません。「伯母さんだって世帯人だもの、今頃は御飯時で忙しいだろうよ」と言・・・ 梶井久 「臨終まで」
出典:青空文庫