この月の二十日前後と産婆に言われている大きな腹して、背丈がずんぐりなので醤油樽か何かでも詰めこんでいるかのような恰好して、おせいは、下宿の子持の女中につれられて、三丁目附近へ産衣の小ぎれを買いに出て行った。――もう三月一日だった。二三・・・ 葛西善蔵 「死児を産む」
・・・ いくら二十にはなって居ても母親のそばで猫可愛がりにされつけて居たお君には、晦日におてっぱらいになるきっちりの金を、巧くやりくって行くだけの腕もなかったし、一体に、おぼこじみた女なので長い間、貧乏に馴れて、財布の外から中の金高を察しるほ・・・ 宮本百合子 「栄蔵の死」
・・・ 其故、こちらの婦人の生活を批評しようとしても、其処には殆ど無数の差別が必される訳なのでございます。 数多の人種が、混り、殖民化の歴史を持って居る国の女性としては当然な事でございますでしょう。が、先ず大体三つに分けて見ましょう。・・・ 宮本百合子 「C先生への手紙」
・・・人類というものが、自然現象として、だんだん部分品になってゆくもの、なのでは決してない。資本と生産手段を独占する者が地球の東西にわたって世界数億の人民の生存を支配する現代の社会機構が、人間を非人間的な部分品と化しつつある。フォードの能率生産と・・・ 宮本百合子 「「下じき」の問題」
・・・ 送るものは些細でも、きっと、私がこちらで感じるような幸福な、有難いというような感動に心を打たれるだろうと思うからなのでもある。 勿論、今のポジションを使用して、有難がらせようという程さもしくはなって居ない。 只、私の胸をときど・・・ 宮本百合子 「無題(一)」
・・・それもあるが、しっかりと職場についている勤労者は、みんな組合の行進に加わってしまっているからなのでもある。 メーデーの日、モスクワの街々は、かえって深閑としている。あらゆる人群は、モスクワの中央部へ、赤い広場へと注ぎこまれて、すこし・・・ 宮本百合子 「メーデーに歌う」
出典:青空文庫