・・・あちこちにひょろひょろと立った白樺はおおかた葉をふるい落してなよなよとした白い幹が風にたわみながら光っていた。小屋の前の亜麻をこいだ所だけは、こぼれ種から生えた細い茎が青い色を見せていた。跡は小屋も畑も霜のために白茶けた鈍い狐色だった。仁右・・・ 有島武郎 「カインの末裔」
・・・なで鬼ごっこをするようにかけちがったりすりぬけたり葦の間を水に近く日がな三界遊びくらしましたが、その中一つの燕はおいしげった葦原の中の一本のやさしい形の葦とたいへんなかがよくって羽根がつかれると、そのなよなよとした茎先にとまってうれしそうに・・・ 有島武郎 「燕と王子」
・・・白い桔梗と、水紅色の常夏、と思ったのが、その二色の、花の鉄線かずらを刺繍した、銀座むきの至極当世な持もので、花はきりりとしているが、葉も蔓も弱々しく、中のものも角ばらず、なよなよと、木魚の下すべりに、優しい女の、帯の端を引伏せられたように見・・・ 泉鏡花 「燈明之巻」
・・・綿らしいが、銘仙縞の羽織を、なよなよとある肩に細く着て、同じ縞物の膝を薄く、無地ほどに細い縞の、これだけはお召らしいが、透切れのした前垂を〆めて、昼夜帯の胸ばかり、浅葱の鹿子の下〆なりに、乳の下あたり膨りとしたのは、鼻紙も財布も一所に突込ん・・・ 泉鏡花 「露肆」
・・・そのくさい空気に、吉弥の姿が時を得顔に浮んで来る。そのなよなよした姿のほほえみが血球となって、僕の血管を循環するのか、僕は筋肉がゆるんで、がッかり疲労し、手も不断よりは重く、足も常よりは倦怠いのをおぼえた。 僕の過敏な心と身体とは荒んで・・・ 岩野泡鳴 「耽溺」
・・・ 二郎は、足もとに咲いている赤い花が、風になよなよと吹かれている姿が、その人のようすそのままであったことを思ったのです。 二郎は沖の方を見ますと、赤い船が、今日も停まっていました。 やはり、夢ではなかったことがわかりました。・・・ 小川未明 「赤い船のお客」
・・・なんだか胸がどきどきして、急になよなよと友達の肩に寄りかかって、「うっちゃって置くと、ひどくなるんですって」 胸を病んでいると宣告されたような不安な顔をわざとして見せたが、そのくせちっとも心配なぞしていなかった。むしろいそいそとした・・・ 織田作之助 「眼鏡」
・・・身だしなみのよい男は、その咳をしすましてから、なよなよと首をあげた。「ほんとうかね」能面に似た秀麗な検事の顔は、薄笑いしていた。 男は、五年の懲役を求刑されたよりも、みじめな思いをした。男の罪名は、結婚詐欺であった。不起訴ということ・・・ 太宰治 「あさましきもの」
・・・ 八つになる弟が強請んで種を下してもらった□□(はやって置いた篠竹では足りなかったものと見えて、後の槇の梢まで這い上って、細い葉の間々に肉のうすい、なよなよした花が見えて居る。 槇と云う名からして中年の寛容な父親を思わせる様なのに、・・・ 宮本百合子 「後庭」
・・・ ペンペン草 私は到る所に白いなよなよとした花をもってスイスイとたつペンペン草の群を見た。 屋根の瓦の間に――干た田に又は牧場にひろびろと咲き満ちて居る。 いかにも可愛らしいなりをして居る。 私はペンペン・・・ 宮本百合子 「旅へ出て」
出典:青空文庫