・・・この点を確かめるには、実験室内でできるだけ気流をならしておいて、その中で養ってあるとんぼにいろいろの向きからいろいろの光度の照明をして実験することもできなくはない。しかし実験室内に捕われたとんぼがはたして野外の自由なとんぼと全く同じ性能をも・・・ 寺田寅彦 「三斜晶系」
・・・ 九竜で見たと同じ道普請のローラーで花崗石のくずをならしている。その前を赤い腰巻きをしたインド人が赤旗を持ってのろのろ歩いていた。 エスプラネードを歩く。まっ黒な人間が派手な色の布を頭と腰に巻いて歩いているのが、ここの自然界とよく調・・・ 寺田寅彦 「旅日記から(明治四十二年)」
・・・ 子供のみならず、今度は妻までも口を出してこの三毛を慣らして飼う事を希望したが、私はやっぱりそういう気にはなれなかった。しかしこのきかぬ気の勇敢な子猫に対して何かしら今までついぞ覚えなかった軽い親しみあるいは愛着のような心持ちを感じた。・・・ 寺田寅彦 「ねずみと猫」
・・・の次に「新畳敷きならしたる月影に」の句がある。ここでも月下の新畳と視感ないし触感的な立場から見て油との連想的関係があるかないかという問題も起こし得られなくはない。これはあまり明瞭でないが「かますご食えば風かおる」の次に「蛭の口処をかきて気味・・・ 寺田寅彦 「連句雑俎」
・・・煙管羅宇竹のすげ替をする商人が、小さな車を曳き其上に据付けた釜の湯気でピイピイと汽笛を吹きならして来たのは、豆腐屋が振鐘をよして喇叭にしたよりも尚以前にあったらしい。天秤棒の両端に箱をつるし、ラウーイラウーイと呼んで歩いた旧い羅宇屋はいつか・・・ 永井荷風 「巷の声」
・・・「試合の催しがあると、シミニアンの太守が二十四頭の白牛を駆って埒の内を奇麗に地ならしする。ならした後へ三万枚の黄金を蒔く。するとアグーの太守がわしは勝ち手にとらせる褒美を受持とうと十万枚の黄金を加える。マルテロはわしは御馳走役じゃと云う・・・ 夏目漱石 「幻影の盾」
・・・彼は暫く闇に眼を馴らした後、そこに展げられた絵を見た。 チェンロッカーの蓋の上には、安田が仰向きに臥ていた。 三時間か四時間の間に、彼は茹でられた菜のように、萎びて、嵩が減って、グニャグニャになっていた。 おもては、船特有の臭気・・・ 葉山嘉樹 「労働者の居ない船」
・・・可し、下女下男にも人物様々、時としては忠実至極の者なきに非ざれども、是れは別段のことゝして、本来彼等が無資産無教育なる故にこそ人の家に雇わるゝことなれば、主人たる者は其人物如何に拘らず能く之を教え之を馴らし、唯親切を専らにして夫れ/″\の家・・・ 福沢諭吉 「新女大学」
・・・そこん処をも少しよくならして呉れ。いいともさ。おいおい。ここへ植えるのはすずめのかたびらじゃない、すずめのてっぽうだよ。そうそう。どっちもすずめなもんだからつい間違えてね。ハッハッハ。よう。ビチュコ。おい。ビチュコ、そこの穴うめて呉れ。いい・・・ 宮沢賢治 「カイロ団長」
・・・ 烏の大尉とただ二人、ばたばた羽をならし、たびたび顔を見合せながら、青黒い夜の空を、どこまでもどこまでものぼって行きました。もうマジエル様と呼ぶ烏の北斗七星が、大きく近くなって、その一つの星のなかに生えている青じろい苹果の木さえ、ありあ・・・ 宮沢賢治 「烏の北斗七星」
出典:青空文庫