・・・ 彼は蓄音機という綽名を持ち、一年三百六十五日、一日も欠かさず、お前たちの生命は俺のものだという意味の、愚劣な、そしてその埋め合わせといわん許りに長ったらしい、同じ演説を、朝夕二回ずつ呶鳴り散らして、年中声が涸れ、浪花節語りのように咽を・・・ 織田作之助 「昨日・今日・明日」
・・・ 何一つ道具らしい道具の無い殺風景な室の中をじろ/\気味悪るく視廻しながら、三百は斯う呶鳴り続けた。彼は、「まあ/\、それでは十日の晩には屹度引払うことにしますから」と、相手の呶鳴るのを抑える為め手を振って繰返すほかなかった。「……・・・ 葛西善蔵 「子をつれて」
・・・これは医師が早くから気にしていたことで、その肝臓が痛み出しては、いよいよこれでお仕舞だと思いましたが、注射をしてからは少し痛みが楽に成りました。私は一度充分に眠るともっと楽になるだろうと思って、医師に相談してルミナールを二錠呑ませました。病・・・ 梶井久 「臨終まで」
・・・ 新京極に折れると、たてた戸の間から金盥を持って風呂へ出かけてゆく女の下駄が鳴り、ローラースケートを持ち出す小店員、うどんの出前を運ぶ男、往来の真中で棒押しをしている若者などが、異様な盛り場の夜更けを見せている。昼間は雑閙のなかに埋れて・・・ 梶井基次郎 「ある心の風景」
・・・自殺の力もなく、自滅を待つほどの意久地のないものと成り果て居るのです。 如何でしょう、以上ザッと話しました僕の今日までの生涯の経過を考がえて見て、僕の心持になって貰いたいものです。これが唯だ源因結果の理法に過ないと数学の式に対するような・・・ 国木田独歩 「運命論者」
・・・柱鳴り瓦飛び壁落つる危急の場にのぞみて二人一室に安座せんとは。われこれを思いし時、心の冷え渡るごとき恐ろしきある者を感じぬ、貴嬢はただこの二人ただ自殺を謀りしとのみのたもうか、げに二郎と十蔵とは自殺を謀りしなるべきか。あらず、いかで自殺なる・・・ 国木田独歩 「おとずれ」
・・・ 自体拙者は気に入らないので、頻りと止めてみたが、もともと強情我慢な母親、妹は我儘者、母に甘やかされて育てられ、三絃まで仕込まれて自堕落者に首尾よく成りおおせた女。お前たちの厄介にさえならなければ可かろうとの挨拶で、頭から自分の注意は取・・・ 国木田独歩 「酒中日記」
・・・――銃声は、一つまた一つ、またまた一つと、つづけてパチパチ鳴りひびいた。 大隊長と、将校は、野球の見物でもするように、面白そうに緊張していた。 ユフカは、外国の軍隊を襲撃したパルチザンが逃げこんで百姓に化けるので有名だった。そればか・・・ 黒島伝治 「パルチザン・ウォルコフ」
・・・小作人から、自作農に成り上って行こうと、あがいている者も僕の親爺一人に止まらなかった。 又、S町の近くに田を持っていたあの松茸番の卯太郎は、一方の分を製薬会社の敷地に売って五千円あまりの金を握った。 こういう売買の仲介をやるのが、熊・・・ 黒島伝治 「浮動する地価」
・・・ど思いつづくるにつけて、竹屋の渡しより待乳山あたりのありさま眼に浮び、同じ川のほとりなり、同じ神の祠なれど、此処と彼処とのおもむきの違えば違うものよなど想いくらべて、そぞろに時を移せしが、寒月子の図も成りたれば、いざとて立ち出ず。 末野・・・ 幸田露伴 「知々夫紀行」
出典:青空文庫